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84話:モカの実と新たな依頼


 その依頼が舞い込んできたのは、秋のことだった。


 魔石屋の商売も軌道に乗り、店主のアレクにもようやく金銭的、時間的余裕ができはじめた頃。


「やあ、アレクさん」


 吹く風が冬の到来を予感させる肌寒い朝。開店と同時に店の扉を開けたのは、バガンティ商会の副社長であるニールだった。


「いらっしゃーい」

「ニールさん、おはようございます」


 アレクとサンドラが笑顔でニールを迎える。この夏に納品した氷精ワイン用の保存容器については、来年から運用するらしく今は試験を行っている段階だ。何度かその試験についての報告書をアレクは受け取っており、それによると試験は順調らしかった。


「コートを」


 ベルがニールから薄手のコートを預かり、奥のカウンターへと案内する。


「ありがとう。あ、そうそう、これを」


 そう言ってニールがアレクに差し出したのは小さな紙袋だった。


「これは……?」


 アレクが受け取りながら、それが何か推測していく。何やら小さなものがたくさん入っているように感じるが……。


「これは、南大陸にあるカライス帝国のお土産だよ」


 ニールがそう言ってその紙袋の口を開けて、中身を少しだけ手の平の上に出した。


「豆……ですか?」


 アレクにはそれが茶色の、乾燥した豆のように見えた。平たい楕円形をしており、片面には割れ目が入っている。


「これは〝モカの実〟ですね」


 ベルがそう答えると、ニールが嬉しそうに頷いた。


「その通り! 一目で分かるとは流石だね。優秀なメイドがいて羨ましいよ」


 その言葉を受け、ベルが少し得意気な顔で説明を続ける。


「モカの実は南大陸原産の植物であるモカの樹に生る果実であり、特にカライス帝国では古くから眠気覚ましや精力剤の材料として使われています。元々はその葉や実を煮出して飲んでいたそうですが、豆を焙煎し煮出したモカ茶は風味と味が増すことから、今では王族から一般市民に至るまで皆がその方法で愛飲しているそうです」

「へえ……飲み物の材料になるんだ」


 アレクが不思議そうにその豆を見つめた。確かに香ばしい、良い匂いが漂ってくる。


「カライスのモカショップで飲んだ時に衝撃を受けてね。早速その場でモカ豆を下ろしている業者を紹介してもらったんだよ。きっとこのモカ茶はこのベリルでも流行るぞ!」


 ニールの嬉しそうな表情を見て、根っからの商売人だなとアレクは苦笑する。


「では、早速淹れて参ります」

「頼むよ。ああ、そうそう、少しだけ残しておいて欲しいんだ。あとで必要になるからね」

「かしこまりました」


 ニールの注文にベルが頷くと、カウンターの奥にあるキッチンへと入っていく。


 ベルが早速豆を擦って粉状にしていく音を聞きながら、アレクが話を切り出した。ニールが、ただ土産を渡す為に来たわけではないだろう。


「それで、今日はどういった用件でしょうか? 保存容器に何か問題でも?」

「あはは、いやいや、あれに関しては全く問題ないさ! 強いて言えば、中を目一杯入れてしまうと重くて運ぶのが大変になるところぐらいだね」

「重量ですか……確かにそこまでは考えていませんでしたね……すみません」


 保存容器だけでも、大人の男二人はいないと動かすのが難しいので、液体が入ればなおそうだろう。そこまで考えが及んでいなかったことをアレクが悔やむ。


「ま、それも簡単に解決すると思うよ、アレクさん」

「へ? そうなの?」


 サンドラが首をちょこんと傾げるのを見て、ニールが笑った。


「魔石を使えばいいだけじゃないか! 船員達には【筋力強化】と【スタミナ回復】の魔石を支給しようかと思っていてね。その買い取り額について今日は相談しにきたのさ」

「なるほど……そりゃあそうですね」

 

 アレクは自分の領域であるはずの魔石の商売について、既にニールが追い付いてきていることに驚くと共に、気を引き締め直さないといけないなと感じた。


 魔石が普及すればするほど、それを自分以上に上手く使いこなす者達が出てくるのは当然なのだが、どこかで、自分だけがその専門家であると思い込んでいた。


「分かりました。価格についてはどれぐらいの量をいつまでに納品するかで変わってきますね」

「だろうね。それについてはこの資料にまとめてあるから、見積りを出してくれるかい」


 ニールが鞄から資料を取り出し、アレクの前に置いた。


「少し拝見しますね……」


 見れば、かなりの量になりそうだった。あれだけ大きな船となると船員の数も多いのだろう。当然、そこまでの在庫は今抱えていないのだが、幸い納期には余裕があった。


「なるほど……納期から考えて、水晶林産のミスリルの欠片を材料にすれば――これぐらいで如何です?」


 アレクが素早く計算し、額を提示する。


「ふーむ。予算内ではあるが……例えばだけど、魔石の原材料をうちが提供するから、加工賃だけにして安くとかは出来ないかい?」


 ニールがそう提案し、違う資料を差し出した。そこには、バガンティ商会が抱える土産物などの工芸品を扱ういくつかの工房から出た、廃棄物扱いだったミスリルの欠片について書かれていた。


「ああ、なるほど。魔石の原材料となるミスリル――その中でも魔物の核と呼ばれるものがもっとも一般的なんですけど、冒険者に依頼する以外に手に入るルートがなかったんですよね」


 それは昔、魔石の原材料であるミスリルを手に入れる為に、色々と考えた結果、使うことをボツにした材料だ。なんせ魔物の核は、基本的に冒険者にとっては無価値の物であり、見た目が水晶のようなので、杖の触媒に使うぐらいにしか用途がないのだ。だから冒険者達も依頼でもない限りはわざわざ持ち帰らないものだ。


「だが、うちではその魔物の核を加工して土産物として売っている。当然見栄えを重視するために加工するため、商品にはできない欠片や端材が大量に出てしまう。今まではそれを破棄していたが……あれを魔石にできるなら、提供できるかもしれないと思って、今は保管させているんだ」


 その抜け目なさに、アレクは舌を巻いた。


「流石ですね……」

「あはは、君だって採掘ギルドと独占契約して、ミスリルの欠片を安く仕入れているんだろ? もし君がうちの端材を使う方法を思い付いても、きっと僕らバガンティ商会は高く売り付けただろうね」


 商人とはそういうものだ。需要が分かっていれば、安くなんてするわけがない。相手が商会ではなく採掘ギルドだからこそ、安く仕入れることができたのだ。


「分かりました。それでは――」


 アレクは先ほど提示した額から、原材料代を引いた価格へと修正する。正直言えば、最近は魔石の売れ行きが好調でミスリルの在庫もかなり少なくなっていたので、原材料の提供はありがたかった。


「うんうん。これならば、社長も納得させられるだろうね。では、これで一度持ち帰らせてもらう。正式な依頼と契約はまた後日、改めて」

「分かりました」


 商談が一段落したのを見計らったかのように、ベルが黒い液体――モカ茶の入ったカップをアレクとニールの前に置いた。


「お待たせしました。淹れ方はこれで合っていると思いますが――現地で飲まれたニール様のお口に合うかどうか」

「香りはいいね! どれどれ――うーん! これこれ! この香り、苦み、酸味! クセになるね! アレクさんはどう思う? 商売になると思うかい?」


 その黒い液体は一見すると飲み物に見えない。アレクは恐る恐る口をつけた。


「……なるほど……これは確かにクセになりそうな味ですね」


 そう言いながら、アレクは作り笑いを浮かべた。とにかく苦い。確かに香りはいいが、酸味もあり、さらに口当たりもどこか粉っぽくて、あまり好きな味ではなかった。もし、ニールが目の前にいなければきっと苦い表情を浮かべていただろう。


「あはは、アレクさんはついつい優秀だから忘れてしまうが、こういった嗜好品にはまだ早かったかな」

「すみません……香りはいいと思うのですが。紅茶に慣れ親しんでいる人が多いこの国で、これが飲まれるかはちょっと僕では判断つかないですね」

「ふむ……確かに粉っぽいし味が少し雑すぎるというのはまあ何となく分かる。それも含め、野趣を感じられていいと思ったのだが」


 ニールが腕を組み考えはじめた。


「……まあいい、これに関してはまだ計画段階でしかないからね。どうすればいいかはいずれ考えるとして――実は、アレクさんにお願いがあってね」


 そうニールが言って微笑む。アレクはその言葉と笑みを見て、少し警戒する。商人同士の会話で、取引や交渉といった言葉ではなく、〝お願い〟と表現したことに、アレクは何か嫌な予感がしていた。


 多分だが、これが今日ニールやってきた本当の理由なのだろう。


「お願い……ですか?」

「ああ。商売には関係ない――純粋に、魔石師としてのアレクさんの実力を買っての依頼なんだけど」

「はあ」

「――実は僕が個人的にパトロンをやっている人物がいてね。はっきり言って、変人奇人の類いで、本来なら紹介なんてしたくないんだけども……残念ながら、彼はとても優秀でね。今建造中の船に乗せる予定の魔蒸原動機も、彼の発明から着想を得て、造らせたものなんだ」

「それは凄い人ですね」

「ああ、その彼がね……魔石に興味を持ってしまってね……〝素晴らしいアイディアがあるので、是非その魔石師に協力してほしい。もしそれが叶わなければ、これまでの発明品ついてその根幹技術を全世界に公開する〟と言われてしまってね。そんなことをされたら、色々と今後展開する予定の商材や計画が水の泡さ」


 ニールが疲れたような表情でそう言ってため息をついた。どうやら、その人物は相当な難物のようだ。


「というわけで……どんなアイディアなのかも分からないし、商売になるかすらも分からないことにアレクさんを巻き込むのは気が引けるのだけども……ちょっとだけ彼に会ってくれないかい?」


 ニールが手を合わせ懇願する。アレクはそれを見て、今度こそ苦笑いの表情を浮かべた。


「まあ……会うだけなら」


 ニール、そしてバガンティ商会とは今後も良好な関係を築いていきたいとアレクは思っている。ここで恩を売っておくのも悪くないだろう――そんな打算もあったが、困っているニールを放っておけないという気持ちも、もちろんあった。 


「本当かい!? いやあ、助かるよ! とにかく、めんどくさい人でね! 僕ももう仕事にならないぐらいに振り回されたし、騎士団に危険視されて研究所を包囲されたことあるぐらいだ――よし、早速彼の自宅兼研究所をここに記しておくから近々訪ねてくれ!」


 ニールが表情を明るくして、紙に住所を書いていく。その言葉を聞いて、ここまで黙っていたサンドラが目を細めてアレクを見上げた。


「あーあ。なんかトラブルの予感」

「……言わないで、サンドラ」

「では、頼んだよ、アレクさん! そうそう、彼は、モカ茶が大好きでね! 手土産にこの豆を少し持っていくといい! それでは!」


 ニールがそそくさと店を去ろうとするとので、アレクは慌ててその背中へと言葉を投げた。


「あ、ニールさん! その人の名前は!?」


 その問いにニールは背中を向けたまま、答えた。


「――テオフラス・メリクリウス。ベリルが生んだ最高の錬金術師にして、禁忌を犯し魔術ギルドを追放された異端の賢者だよ。魔石を何に使うか知らないけど――くれぐれも気を付けることだね」


 異端の賢者、テオフラス・メリクリウス。その人物との出会いが、魔石屋の商売を――なによりこの王都における魔石の普及と生活様式を――大きく変えることになる。


ニールからの新たな依頼。

ヤバそうな奴に目を付けられたアレクの運命やいかに……?

ちなみにモカ茶≒コーヒーという感じで、あくまでファンタジーな飲み物なのでコーヒー警察は帰ってください! 悪霊退散!


次話は二巻の発売日である金曜日(4/15)に更新予定となっております!


*作者からのお知らせ*

魔石屋第二巻、4/15(金)に発売します!

WEB版の一部エピソードを収録しつつ、なんと9万字以上の書き下ろしとなっております!

新たなヒロイン、新たな謎、謎の魔石など、WEB版とは違う展開になっておりますので、是非とも予約・お買い求めいただければと思います!

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新作! 隠居したい元Sランク冒険者のおっさんとドラゴン娘が繰り広げる規格外なスローライフ!

「先日救っていただいたドラゴンです」と押しかけ女房してきた美少女と、それに困っている、隠居した元Sランクオッサン冒険者による辺境スローライフ



興味ある方は是非読んでみてください!
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