83話:魔石コーティング
王都南西部――ラグラス造船所。
「アレクさん! これが例のやつですか?」
造船所の中に、ニールの嬉しそうな声が響く。
「その通りです。魔石を使った、冷凍保存用の容器です」
アレクがそう言って、ルベウスと共に荷台から円筒状の容器を下ろした。一見すると、金属製の樽のように見え、魔石を使っている様子はない。
「ふむ。金属製か」
「ルベウスさん、開けてください」
「おう」
アレクの指示でルベウスが容器の上部にある蓋についたハンドルを回していく。
「随分と厳重に密閉されているな」
ニールが目を細めてその作業を見つめる。あっさりと、輸送方法と保存方法を解決したと報せを受けた時は、正直半信半疑だった。いくらなんでも、二週間やそこらで用意できるのは早すぎるからだ。少なくとも一ヶ月以上は掛かると想定していただけに、余計にそうだった。
「蓋を密閉させているのは中の冷気を逃がさないためですね」
ルベウスが蓋を開けると、中からもうもうと白い煙があふれ出した。そのまま彼は容器をゆっくりと傾け、中に入っている水を床へと少量、垂らしていく。
「これは!?」
ニールの驚嘆と共に、その水は床に触れた途端に、氷へと変化した。
「一体何が……」
ニールが目の前で起こった現象の意味が分からず思わずそう呟いてしまう。
「氷結魔術で、氷点下でも凍らない水――魔冷水をまず作りました。そしてそれをこの容器に入れ一晩倉庫に置いて、ここまで陽の当たる荷台に載せたまま運んできたんです。水がすぐに凍ったのは、魔冷水には衝撃を加えると凍る性質があるからですね。これならば、容器内が氷点下を保っていたことが分かりやすいかと思いまして」
「確かに……しかし信じられないな。その話が本当だとすれば、どうやって氷点下を維持したんだ?」
「この容器の中を見てください。こっちは何も入れてないですし、魔石の効果も使っていない状態です」
アレクがそう言って、もう一つ荷台に積んでいた容器の蓋を開けた。ニールがそこを覗き込むと、容器の内面が不思議な光沢を放っていた。黄色と紫色が合わさったような、不思議な色だ。
「何かで中をコーティングしているのか? しかし魔石が見当たらないが……」
「いえ、見えていますよ……実はその内面全てが魔石です」
「全てが魔石!? どういうことだ? 僕が知っている魔石と全く違う!」
「詳しくは事務所で説明いたします」
アレクの言葉に頷き、ニールがアレクとルベウスを事務所へと案内する。
「さあ教えてくれ! 一体どういう構造になっているんだ!?」
ニールがワクワクしながら説明をアレク達に求めた。
「はい。まず、あの容器の内側には、二種類の魔石砂をブレンドしたものをコーティングしています。この魔石砂というのは、魔石を砂状にしたものですね」
「魔石を砂状に!? そんなこともできるのか……」
「実は初めての試みだったんですけど、上手く使えそうなので採用しました」
「なるほど。それで、一体何の魔石を使ったんだ?」
「まず、最も肝となるのは【熱転換】の魔石です。これは、周囲の熱を吸収してそれをマナへと変換する効果を持っています。そしてそれと合わせたのが、【修復】の魔石ですね。これは逆にマナを吸収し、魔石の使用によって生じるヒビや割れを自己修復させる効果があります。この二つを組み合わせることで、一度発動させてしまえばこの容器の中を、永続的に熱を奪い続ける環境にすることができました。あとは、保存するものを氷結魔術なりなんなりで氷点下まで冷やして中に入れておけば、その温度を保ち続けます」
アレクは簡単にそう説明するが、実はそれなりの試行錯誤があった。まず、【熱転換】という魔石を生み出すのに苦労した。冷やすのではなく、温度が上がる原因を取り除く方が、効率が良いと気付いたのだ。
それは、あのエルフの里の禁足地にある【生態分解】の魔石があった塔の仕組みを応用した結果だった。あの塔はあらゆる生命体をマナに分解して大気に放つが、それを熱限定にし、放出するマナを使って魔石を自己修復し長期間の運用が可能な点も、そのまま組み込んだ。
結果、【熱転換】と【修復】を組み合わせることで、長期間の間、内部の温度を一定の保つことに成功した。
「凄いな……しかし、熱を吸収すると言っても限界がありそうだが……」
「もちろん、普通の容器だと、吸収する以上の熱が外部から入ってきますから、一定の温度を保つのは難しくなります。特に魔石砂は、効果範囲に対する費用は安いのですが、それ自体の効果はさほど高くありません」
「そうか……だからこの容器なんだな」
ニールが気付いたので、アレクの視線を受けたルベウスが説明しはじめた。
「この容器は特別製でな。ただの鉄製ではないんだ。ほとんどの部分は鉄なんだが、外面に関しては二層になっていて鉄の上に風化や腐食に強いアクアライトを薄くコーティングしている。これは長期間、潮水や潮風に晒されることを考えて、耐久性を高める為だ。で、内面も鉄の上に断熱性の高い〝虹鉛〟を薄くコーティングしてある。その上にアレクによって魔石をコーティングしてるので、まあ三層になっていることになる。で、蓋の部分もきっちり閉まるように王都一の職人に特注して作った」
「なるほど……鉄の上に更に違う金属を重ねる……素晴らしい技術だ! 一体その知識と技術はどこで?」
「あー、これはなかなか難しい技術なんで、魔石の力を借りながらやったから、俺が凄いわけじゃない」
ルベウスが照れくさそうに頭を掻いた。
「いえいえ。ルベウスさんが優秀な鍛冶職人だからこそ完成したのですよ」
「いやいや素晴らしいな……これならば、〝氷精ワイン〟の貿易ができそうだ!」
ニールが嬉しそうにそう言うので、アレクも笑みを浮かべた。
「最初は、瓶詰めされたワインをどう運ぶか考えていたのですが、明らかに瓶のままでの輸送は難しい。なので、まずはこの容器でワインだけを運び、現地で瓶詰めして販売する方がいいかなと」
「うんうん、それは僕も考えていたことだ。なんせ瓶はかさばる上に慎重に扱わないといけない。大量に輸送するのにはあまり向いていないんだ。どうせ瓶なんて何処の国もあるからね。なら現地で瓶詰めして販売する方がより多く運べるし、費用も少なくて済む」
ニールは、アレクが自分と同じ発想に至り、そしてそれに相応しい容器を提案してくれたことに感心していた。この年齢で、そこまで考えることができる商人は、王国中を見渡してもアレクの他にいないだろう。
「しかし、これほどの短期間で二つも造れるとは……よし、早速これを持ち帰って稟議にかける。間違いなく通ると思うので、量産の準備をして欲しい。前金が必要なら言ってくれ」
「分かりました。ルベウスさん、例の話は?」
「ああ、今から交渉するが、まず問題ないと思う。ニールさん、こいつの量産は俺一人では流石に手に余るから、信頼できる工房に作成を委託したいと思っているが、よろしいか?」
「もちろんだとも。ちなみにどこの工房だい?」
「ドルファス工房だ。俺の古巣で腕は確かだ。この蓋もそこで作ってもらった」
「ドルファス工房と言えば、王国騎士団の武器を預かるほど信頼がある工房だ。そうか、そこ出身なら、その腕も納得だ。まったく、商人に必要なのは信頼できる他業種への繋がりと言うが、アレクさんはその歳でそれを持っているというのは本当に、末恐ろしいよ」
ニールが目を細めてアレクを見つめた。優秀な商人だとは思っていたが……想定以上かもしれない。
「買いかぶりですよ。僕はただの宝石師でたまたま運良く皆さんと仲良くなっただけです」
「それもまた商人に必要な資質だよ。久々に他人を羨ましいと思ったぐらいだ。よし、では早速稟議にかける為の資料を作成しないと。この二つの容器は預かっても?」
「もちろんです。使い方についてはこちらにまとめてあります」
アレクがそう言って、使い方や仕様を書き記した紙を手渡した。
「素晴らしい! 君は本当に良い商人になりそう……いやもう既になっているか。ではまた詳細は追って報せるよ! さあ忙しくなるぞ!」
息巻くニールを見て、アレクとルベウスが頷き合って、無言で拳を付き合わせた。
こうしてアレクは見事、バガンティ商会からの依頼をこなしたのだった。これにより、アレクはニールの信頼を得て、今後も様々な依頼を持ちかけられることになる。それにより、アレクと魔石屋アレキサンドライトの名声はますます高まっていくのであった。
バガンティ商会の依頼を見事にこなしたアレク。
そんなアレクに、魔の手が迫る……?
次話は来週月曜日(4/11)に更新予定となっております!
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