81話:難題
王都――魔石屋アレキサンドライト
「うーん……」
アレクは閉店後の店内で、カウンターに肘を立てて、唸っていた。
「アレク~、今日一日ずっと唸ってるわよ。話も全然聞いてないし」
サンドラが唸るアレクの頬の引っ張るが、アレクは心ここに非ずといった様子で、ボーッと空中を見つめていた。
「マスターはどうなさったのですか?」
掃除をしていたベルが、アレクとサンドラのやり取りに気付き、疑問に思ったのか小さく首を傾げた。
「うーん。氷精ワインの保存と輸送方法がね……」
「氷精ワイン……と言えば確か、リーウェリング州の名産品ですね。氷点下でないと腐ってしまうという」
「ベルははよく知ってるねえ。それを貿易品として売りたいバガンティ商会の宿題にアレクはずっと頭を悩ませているのよ」
サンドラが答えると、ベルが納得したかのように頷いた。
「なるほど。しかし珍しいですね。マスターは大体こういう時にすぐにアイディアを思い付いていましたが」
「今回はかなりの難題だからねえ。冷やす魔石はあるけど、氷点下までは流石に難しいからね」
「仮に氷点下まで冷やす魔石が出来たとしても、大量のワインを運ぶ為には、どれだけそれが必要だと思う? そんな量を提供したらうちのストックも無くなるし、経費も凄いことになってきっとニールさんも首を横に振るよ」
アレクが悩むのには理由があった。
そもそも氷点下という温度まで冷やす魔石が今のところ作れていないこと。冷やす魔石はあれど、それで物体を凍らせるほどではないし、そのレベルの冷気となると【氷属性魔術】を行使しないとまず難しいだろう。
そうなると常に魔術を掛け続ける存在が必要であり、いくら【マナ回復】があっても、とてもじゃないが長旅には耐えられないだろう。
「ワインの輸送方法、容器の問題もある。これがいい加減だといくら氷点下に出来ても、すぐに気温が上がってしまう。次にそれが解決出来たら、それを氷点下で保つ方法を模索しないといけない」
「前途多難ね……」
「そうなんだよ……氷を使って低温輸送ってのは実際あるらしいけど、氷点下……つまり冷凍輸送となると、難易度が一気に跳ね上がるんだ」
アレクはルベウスに相談し作ってもらった、小さな箱をカウンターの下から取り出した。
「これはね、ルベウスさんのアイディアを元に作った試作容器なんだけども」
アレクがその箱を開けると、中には溶けかけの氷が入っていた。蓋の方には魔石が嵌め込まれている。
「【低温】の魔石と、密封容器を組み合わせれば、氷は長時間持つようになる。でも、これじゃあ駄目なんだ。数週間におよぶ船旅の間、常に氷点下を保とうと思うとこれでは話にならない。それにこのサイズだから魔石一個で済んでいるけど、実際はもっと巨大な容器がいる。必要な魔石の数は莫大だ」
「聞けば聞くほど、無理な気がしてきた」
話を黙って聞いていたベルが、口を開いた。
「氷点下にするには、氷魔術が必要。でも掛け続けるのは難しい。であれば、やはり容器や保存場所をどうするかを優先すべきでは?」
「その心は~?」
サンドラの声に、ベルが頷く。
「要は一度掛けた魔術を、ずっと永続させれば良いのではないでしょうか。外部からの熱を遮断する容器、または保存場所を作ることが出来さえすれば、あとは一回その中を氷点下にしてしまえば、理屈としてはずっとそれが保たれるはずです」
「なるほど……それは確かにそうだね。そうか……魔術の永続……熱を遮断……」
アレクがブツブツと呟きながら蓋に嵌めていた魔石を取り出し、ジッと見つめた。
「では、私はそろそろ夕食の準備に」
ベルがそう言ってキッチンに立つと、料理を始めた。
「魔石を見たって、変わらないでしょう? 一旦忘れたら? そしたらまた良いアイディアが浮かぶかも」
「それはそうなんだけどね」
そうやって会話していると、何かを砕くような音がキッチンから聞こえてきた。
「ん? それは……?」
アレクがベルの手元を見ると、そこにはピンク色の岩のような物があった。
「……? これは先日ディアナ様から頂いた岩塩ですが。そのままだと使えないので砕いたり削ったりして使うのです」
「砕いたり……削ったり……それに塩か……そうか……もしかしたら」
「どうしたの?」
サンドラが、様子が豹変したアレクを見て訝しんだ。
アレクの目に――光が戻った。
「ああ……僕は常識に囚われすぎていた! そうか……砕けばいいんだ! そしてあとは容器と保存場所、それに冷気魔術があれば……いける!」




