78話:戻った日常と新たな誘い
今月発売予定の書籍版との差別化の為にタイトルに『WEB版』との表記を付けました
すっかりボケてましたが、書籍版では、マテリアを「魔石」と表記しております。よって今後はWEB版も魔石というワードを使う予定です。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします
ベルが戻ってきてから数日が過ぎた。
「ご迷惑をお掛けしました」
ぺこりとそう言ってお辞儀するベルに、アレクは気にしないで、と返した。戻ってきた彼女は前と何も変わらず、身体にも異常はなかった。
「僕がもっと色々とベルに話していれば良かったんだ。反省した」
「いえ。ですが、そのアベルという少年といい、ベルヌーイといい……何者なのでしょうか」
箒で店内を清掃しながら、ベルがそうアレクへと問うた。
「分からない。ディアナさんなら何か知ってそうだけど、あの人用事あると自分から来るけど、こっちから会おうと思うと中々会えないからなあ」
「S級冒険者は国内外問わず活動するので、現在位置の把握は困難です。一応トリフェン達に動いてもらってはいますが」
「とりあえずは警戒と情報を集めつつ、静観……かなあ」
「次きやがったら、パンチしてやるんだから!」
あまり痛くなそうなサンドラのパンチを見て、アレクが微笑む。
「そうだね。念の為ベルはしばらく個人行動を控えようか」
「……面目ありません。魔導人形が主人に心配されていては本末転倒です」
「別に人形だからとか関係なく心配するさ、ベルは大事な家族だからね」
アレクがそう言うと、ベルはこくりと頷いた。その頬が心なしか紅潮しているようにサンドラには見えたが、あえて何も言わなかった。
代わりに思わず思っていたことを吐露してしまう。
「アレクは王都に来てもそういうとこは直らないなあ」
「へ? 何の話?」
「秘密~」
なんて会話をしていると、店の扉が開いた。まだ開店一時間前であるせいか、アレクとサンドラは反応に遅れてしまう。
「申し訳ございません、まだ開店しておりません」
ベルがいつもの無表情に戻ってそうその来客へと声を掛けた。
「ああ、勿論知っているとも。いやなに、最近は忙しそうだから、開店前の方がゆっくりと話せると思ってね」
そう言って遠慮なく入ってきたのは、アレクには見覚えのない男性だった。
緑髪で背が高く、歳は三十代だろうか? ルベウスとさして変わらないように見えるが髭も丁寧に剃ってあり、髪も整えてある。
着ている服の仕立ても良く、貴族や大商人のような派手さはないが、見る人が見れば上等な品であることが分かる、そんな丁度良い塩梅の身なり。
そんな男が浮かべる笑みに、アレクは警戒を抱く。
アレクは気付いていた。この男性からは――同業者の匂いがすることを。
「どなたでしょうか? 初対面かと思いますが」
「おっと、そうだった。いや失礼。私はこういう者です」
そう言って、男性は懐から白い長方形の小さな紙製のカードを取り出すと、丁寧な所作でそれをアレクへと差し出した。
「これは……?」
「これは名刺だよ。自分の所属する組織、身分、そして名前を記入することで、一発でどういう人物か分かってるもらえる物さ」
そのカード――名刺にはこう書かれていた。
『バガンティ商会 副社長 ニール・バガンティ』
バガンティ商会――それはアレクがこの店を恩人であるレガードに譲ってもらった時に、〝困ったら頼るといい〟と言われていた大商店だ。
「そこの……副社長!?」
サンドラの驚いたような声が、店内に響いたのだった。
☆☆☆
「いやっはっは! いやもうさ、レガードの爺さんから店を若い子に譲ったから、困ったら助けてやってくれ~なんて言われてたんだけどさ! 一応同じ商人だから、いきなり手助けするのも違うなあと思ってずっと静観してたのよね! そしたらもう、アレコレ忙しくなっちゃってさ! 気付いたらすっかりこんな時期に!」
豪快に笑いながらニールが、ベルの出した紅茶を飲み干した。
「良い紅茶だな! ラクリス国産のやつか……どのルートで仕入れた? いやそれよりも淹れ方が素晴らしい。この技術はどこで? これなら喫茶店もやれるな……貴族区でやるのもありか……」
「……マスター」
ペラペラと喋ったと思うと、急に無言になって考え始めるニールを見て、ベルが困ったような視線をアレクへと送った。
「あはは……紅茶は知り合いから特別に安く譲ってもらってます。商品ではないので、売る気はないですよ。それにこのアゲート王国の二大商店の一つであるバガンティ商会なら、簡単に手に入るでしょう?」
この紅茶は元々ディアナが好んで飲んでいた物で、〝ここでも飲みたいから置いとけ。安くしてやるから〟と言われ無理矢理置かされたものだ。だけども、確かに味は良いし、さして高くない値段だったので、そのまま常備するに至ったのだった。
「アレクさんは、宝石商としては一流のようだけど、まだまだ商品知識が浅いな」
しかしアレクの言葉を聞いてニールはそう返すと、にやりと笑ったのだった。
「へ?」
「ラクリスの紅茶は、君が思うほど簡単に手に入る物じゃないんだよ。なんせ貴重な上に、同盟国でもない国の特産品だからね。関税も掛かるし、何より異国人にその貴重な茶葉を売ってくれるほど彼等は優しくない」
「そうなのですか……すみません、勉強不足でした」
アレクは素直にそう言って頭を下げた。知識にはそれなりに自信があるとはいえ、そこまで貴重なお茶だとは知らなかった。
「いやいや、気にしないでくれ! うちは最近輸入業も始めてね。そういうのに過敏になっていた……気を悪くしないでほしい」
「こういった物を輸入しているのですか?」
「その通り。そして我がアゲート王国の特産品を諸外国に売っているのさ」
バガンティ商会については、アレクもある程度調べてあった。
アゲート王国二大商店の看板に偽りはない。王侯貴族向けの高級品、贅沢品の取扱量に関してはアルマンディ商会には及ばないものの、平民向けの日用品や食材、その他諸々の生活必需品の取引量はバガンティ商会が堂々の一位だった。
王侯貴族向けのアルマンディ、平民向けのバガンティ。そういう棲み分けだったはずだが、紅茶や外来品の輸入は、どちらかと言えば、アルマンディ商会の領分のはずだった。
そんなアレクの思考を先読みするかのようにニールが口を開いた。
「なぜアルマンディではなく、うちがそんなことに手を出しているんだろうか……って顔をしているね」
「……その通りです」
「あはは、アレクさんは年のわりに堂々としていてその辺りの商店の旦那衆よりよっぽどそれらしいが、考え事する時は顔に出てしまっているね」
「気を付けます」
「いや、すまない。説教するつもりもご高説をたれるつもりもなかったんだ……悪いクセだ」
ニールが頭を下げた。
「あ、いや! 色々と教えていただいて感謝です! 王都に来てから同じ商人の方で、こんな風にお話出来た方はいなかったので、勉強になります。というか、本来なら僕から出向くべきところなのに……すみませんでした」
そもそもレガードに頼れと言われた時点で、レガードと関係の深い商店だと分かっていた。ならば、店を譲ってもらったこっちがすぐに挨拶に行くべきで、こうして副社長がわざわざ訪れてきた時点で、アレクは負けたと感じてしまっていた。
アルマンディ商会は、分かりやすい悪意を持って接してくれたので、ある意味やりやすかった。
だが、この目の前の男性――ニールは違う。
「いやいや、それも気にしないでくれ。こうしてやってきたのはそれを非難する為じゃないさ。というか、むしろ賞賛、いやお礼を言いに来たんだよ」
「賞賛? お礼?」
アレクが首を傾げると、ニールが今度は何とも悪そうな笑みを浮かべ、こう言い放ったのだった
「その通りだとも。バガンティ商会を代表して、お礼を言いたい――アルマンディ商会を潰してくれてありがとう、とね。そして――どうだい、面白い儲け話があるんだが、アレクさんも一枚噛まないかい?」
というか、新キャラニール登場です(出すのを忘れていたわけではありません……)
アルマンディ商会と対をなす大商会の重役ですが、腹の底が読めない男です。




