71話:魔女のマテリア
書籍化決定しました!!!
「……コニア、なのか?」
壮絶な表情を浮かべるその生首は既に呪いが解け、元の人間の顔に戻っていた。それを見たグロッシュが苦い声を出した。
「……っ!!」
無音の悲しみを出しその場に泣き崩れるガーネットを尻目に、ベルがアレクに手を差し出し、彼が立ち上がるのを手伝った。
「痛てて……ありがとうベル。大丈夫サンドラ?」
「まだ、耳がキーン! ってする……けど大丈夫」
「すみません……私の不手際でした」
「いや、こっちも予想外だったよ。せめて何かマテリアを持ってくるべきだったね」
とはいえ、こんな化け物に襲われるなんて予想する方が難しい。今後はせめて足を引っ張らない程度に自衛する手段を考えないといけないな、と思いつつ、アレクはコニアの死体を見つめた。
死体を見るのは、短い間だったとはいえ冒険の旅に出ていたので慣れている。とはいえ、何度見ても慣れるものではないが。だが、そのおかげでアレクは、コニアの首の切断部に、キラリと光る何かを見付けた。
「これは……?」
「――これは」
ベルがその言葉で気付き、何の躊躇もなく死体の首へと手を突っ込み、抜き出したそれは――
「マテリア!?」
サンドラの声にその場の全員がそれに注目した。
アレクが見てもそれはやはりマテリアだった。鑑定眼を使ってみるが――【%&%#のマテ%ア】、とまるで意味を為さない言葉しか頭の中に思い浮かばなかった。
「――念の為、私が保管しておきます。何やら、良くないマナの波動を感じますし」
「うん、そうしてくれる?しかしなんでマテリアが身体の中に……」
「分かりませんが……これが原因の可能性があります」
そう言ってベルが厚手の革袋をどこから取り出し、そのマテリアを丁寧にしまった。
「しかし、一体なにがどうなってこうなった?」
見かねたグロッシュの言葉に、アレクが説明をしはじめた。
そしてそれは、少し後にやってきた衛兵達にも同じ説明をする羽目になったのだった。
☆☆☆
王立歌劇場――オープニングセレモニー。
「アレク様、ここの支配人から色々と聞いていますわよ。大変ご活躍されたとか」
アレクの席の眼下に広がるステージの上には、美しい衣装を纏ったガーネットが堂々と立っており、美声を放っていた。その首にある美しいチョーカーが照明を反射し、煌めいている。
「ええ、まあ。大変でしたけど……」
着慣れないタキシードを着て、居心地悪そうにするアレクは苦笑しながら、隣に座る金髪の美少女――第二王女のセラフィに言葉を返した。
セラフィ、そしてガーネットたっての願いで、アレクはこのオープニングセレモニーに招待されたのだ。
「なんでも魔女に奪われた歌姫の声を取り戻したとか。流石です。どうやって解決したのです?」
「魔女の呪いというのが何かは、今でも僕には分かりませんが……ガーネットさんは歌声にマナを乗せるという特殊な才能を持っていらっしゃいました。そして声は出なくてもマナが変わらず出ているのであれば、それを拾い、増幅し、音に変換すれば――声の代わりになるのではないかと思っただけです」
言葉で言うのは簡単だがこれが中々に大変であった。上手くマナを音に変換できず、本番直前までマテリアの調整を行っていた。アレクは、その調整を手伝ってくれたおかげで疲れ果てて膝の上で丸まって寝ているサンドラを撫でながら、心から間に合って良かったと胸をなで下ろした。
「それと……何やら厄介な物を見付けたとか」
セラフィの言葉に不穏な気配を察知し、アレクがため息をついた。
「ええ。マテリアなのは間違いないのですが……それ以外は皆目見当がつきません」
コニアの身体から回収したあのマテリアは、店の奥にある金庫に厳重に保管してある。結局それの正体も、なぜそれが彼女に埋め込まれていたのかも分からないままだ。
こんなことはアレクも初めてだった。
「――〝魔女のマテリア〟という物があると、以前お父様が兄様に漏らしたことがありますわ」
「魔女の……マテリア、ですか」
嫌な響きだ。だけど、あの不穏な気配を放つマテリアにぴったりな名前だともアレクは思った。
「……気になりますので、少し文献を当たってみますよ、アレク様。マテリアについての書物は……王家の者にしか閲覧が許されていませんから」
「文献があるのですか?」
「ええ」
「王家はマテリアとどういう関係が――いえ、聞かなかったことにしてください」
アレクは言葉を途中で止めた。それ以上の深入りは――危険だと判断したからだ。
「それが賢明です。ですが、私が個人的に教える分には問題ないでしょう。また何か分かればお教えしますよ」
そう言って、セラフィはニコリと笑う。その笑みを見ても、素直に喜べないアレクだった。
魔女のマテリア。その名前が重く、アレクにのしかかっていた。
「今は、歌を楽しみましょう」
「ええ。そうですね」
アレクは、存分にガーネットの歌声を堪能したのだった。
こうしてオープニングセレモニーは大成功で終わり、後の歴史にも稀代の歌姫として名を残すことになるガーネットは晴れ晴れとした表情で、貴賓席のどこかで見ているであろうアレクに感謝を捧げたのだった。
何やら不穏な物も出てきましたね。
というわけで――なんと書籍化決定しました!! やったぜ!
また追って情報は開示していくのでお楽しみに!!




