70話:カウンターボイス
コニア、だったモノが口を開く。髪の毛が逆立ち、鎌首をもたげた。
放たれたのは、絶叫。
「っ! マスター、耳を塞いでください!」
ベルの言葉と同時に、アレクとサンドラが耳に手を当てるも――
「痛っ!」
その絶叫は空気を震わせ、アレク達の脳を揺さぶる。
立っていられず、床に崩れ落ちたアレクとサンドラを庇うようにベルが動く。コニアは近付いて来ず、大きく息を吸うと再び絶叫。
「マナ・ブレード起動」
ベルが右手からブレード状の雷撃を放ち、迫る音波へと振り払った。
マナとマナがぶつかる不協和音が響く。
先ほどより和らいだものの、相変わらず脳が揺らされる不快な感覚から逃れられず、アレクとサンドラが苦悶の声を上げた。
「マナを乗せた音波攻撃……完全に防ぐのは不可能です!」
珍しくベルが苦々しい表情を浮かべた。
音による不可視の攻撃を、マナ・ブレードである程度は相殺できるものの、完全に無効化することが出来ない。ゆえに、背後にいるマスターを置いて、攻撃しにいくわけにもいかなかった。
「僕の……ことは……気にしないで……」
戦闘が起こることを想定していなかったせいで、アレクは使えそうなマテリアを何も持ってきていなかった。こうなると、ベルだけが頼みの綱となる。だが自分達がその枷となっていて、そして状況はジリ貧だった。
「それは出来ません」
ベルがきっぱりとそう言い切った。ベルにとって最優先なのはアレクを守ることであり、それに反した行動は例えマスターの命令でも聞けなかった。
その隙にコニアが再び絶叫する。ベルはマナブレードで相殺しつつ左手からマナを弾丸状にしたものを放つ。
「遅イ!!」
しかしコニアはそれをいとも簡単に避けた。コニアの横を通りすぎた弾丸が背後にあった扉を破砕する。
ベルは冷静に、自身の兵装と駆動力を計算していく。
コニアが絶叫を止め、そしてまた放つまでにタイムラグがある。この間に接近して叩き斬るのが理想だが、コニアの人間離れした動きを見る限り、それが100%可能とは思えなかった。
万が一、無防備に晒されたマスターに絶叫がまともに当たれば、危険だ。
あと、一手。あと一手あれば仕留められるのに。
「アハハハハ!! アタシのウタはセカイイチィィ!!」
コニアの絶叫が響き渡る。
確かに、その攻撃は脅威だった。
徐々にではあるが、アレク達を確実に追い詰めていた。ベルの攻撃を警戒しながら絶叫を放ち続ければ勝てる勝負だった。
だけど、彼女は失念していた。
その攻撃は音を伴うがゆえに。
廊下へと続く扉が破壊されたせいで、先ほどまではこの倉庫部屋に閉じ込められていた絶叫が、歌劇場の中にまで響き渡っていた。
結果として――
「何の騒ぎだ!」
聞き付けてやってきたのは、この歌劇場の支配人であるグロッシュと――
「っ!!」
声無き歌姫、ガーネットだった。
その姿を見たベルが瞬間的に思い付き、そして叫んだ。
「ガーネット様! 歌ってください!!」
「アアアアアア!! 死ネエエエエエエ!!」
コニアが絶叫を入口に立つガーネット達へと放つと同時に、ガーネットが口を開いた。
そこからは何も聞こえないけれど。
「馬鹿ナ!?」
コニアの絶叫が掻き消されていた。
「マナを乗せて歌うのは――貴女だけではないのですよ」
ガーネットに気を取られたコニアの背後へ一瞬で迫ったベルが、その言葉と共に――
「シマッ――」
コニアの首を斬ったのだった。
珍しく苦戦でした。音響兵器は最強……!




