65話:アレクの返答
「……えっと……え?」
どれだけセラフィの言葉を咀嚼しても、その意味が分からずアレクが混乱する。それはサンドラもセレスも同様だった。
「こんやく……って結婚するってことよね? セラフィとアレクが?」
サンドラがセラフィを見上げてそう言うと、セラフィはニコリと笑い返した。
「ええ、その通りよサンドラ」
「セラフィ様! 何を仰っているのですか!!」
一拍おいてようやく、セレスはセラフィのとんでもない発言に言葉を返した。
「何って……将来についてだけど」
「そんな大事なことをこんなところでサラッと言わないでください! そもそもセラフィ様には王が決めた婚約者が既にいらっしゃいますよ!」
セレスのもっともな言葉にアレクが何度も頷く。
王族達の間で言われるジョークかなにかだと信じたいアレクだったが、セラフィの様子を見るかぎり本気そうだった。
「あら、あんな愚鈍そうな男、私は嫌よ。それにどうせ、そうするにしても相当な根回しは必要でしょうし。まだまだ先の話よ」
「王が、そんな勝手を許しませんよ!」
「あの、王よ? 自分の息子を勇者だかなんだかと名目付けて国から追いだすような男に何を期待しているのかしら。お兄様が謹慎中の今がチャンスなのよ。王位継承者は今、私しかいないのだから」
「セラフィ様、まさかそこまで考えて」
「ふふふ……」
セラフィが楚々とした笑いを浮かべるが、それをそのまま受け止めることをアレクは出来なかった。そもそもただの平民であり、いち商人でしかない自分を貴族にするというだけでもかなりの無茶なのに、更に王族と婚約なんて、想像もつかない。
「いや……えっと。僕はセラフィ様に相応しくないと思うのですけど」
「あら? 大丈夫よ。相応しい男になれば良いだけですわ」
「はあ……」
その言葉に、アレクは溜息をつくしかなかった。
本音を言えば、すぐにでも断りたい。自分の将来なんてものはまだ分からないし、考えたこともなかった。このお店を続けていきたいと思っているぐらいだろうか。だけど、もし貴族になって仮にセラフィと婚約したとしたら……待っているのは貴族社会、そして王宮内の政治や策略の数々だろう。
それは、アレクの望むところではなかった。
一時の気まぐれであれば良いが、もし本気であれば厄介なことになりそうな予感がしていた。
だからこそ、アレクは一度大きく深呼吸すると――口を開いた。
「セラフィ様。とても光栄なのですが――現段階では断らざるを得ないと思います」
アレクの言葉が予想外だったのか、サンドラもセレスも驚く。まさか、言葉を濁すのならともかく、断るとまで言い切るとは思わなかったからだ。
「それは……なぜかしら?」
セラフィが微笑んだままそう聞き返した。
「僕はこのお店を開けたばかりです。まだ先行きも分かりません。セラフィ様の言う相応しい男になるというのがどういうことを示すのかは分かりませんが……少なくとも僕がこれからやりたいことであるとは思えません。今はお店をやることに集中したいので、それ以外のことについては考える余裕はありません」
それは嘘偽りないアレクの本音だった。作りたいマテリアは沢山あるし、まだまだケアしきれていないお客さんがたくさんいた。レンタルで返ってきたマテリアの成長度合いも確かめたいし、ルベウスと新しいマテリアウェポンの開発だってしたい。
だから、お姫様の気紛れに付き合っている暇はない――そうアレクは言ったのだった。
そしてそれはセラフィにも当然伝わっていた。
「なるほど……私のことよりも、この店が大事だと」
「セラフィ様。アレクは決してセラフィ様を嫌ってそう言っているわけでは……」
セレスが思わず口を出すが、セラフィは首を横に振った。
「構いません。存分にアレク様のしたいようにしていただければと思います。貴族にするというのも少し性急でしたわ。ですが……アレク様はいずれこの国にとってなくてはならない人になります。そうなった時に……貴方はただの店主のままで、貴方自身を、何より貴方の周囲にいる人々を――守れるのでしょうか。貴族になり、王家に入り、権力を手に入れる……というのもまた、戦い方の一つですわ。そこに愛だの恋だのが入る隙間なんて少しもないのですよ」
そう言うと、セラフィが静かに立ち上がった。
「私は――父が決めた、暗愚な操り人形と結ばれるぐらいなら……自ら見初めた人を、多少強引な手を使ってでも配偶者として認めさせる。それをするぐらいの覚悟はある……とだけ今は言っておきましょうか」
「えーっと……要約すると……アレクの事は諦めないってこと?」
カウンターへと飛び移ったサンドラの言葉に、セラフィはただ笑みを浮かべた。
「アレク様が、近い将来選ばざるを得ない選択肢の一つに……私を利用するという方法を足しただけです。使うかどうか、選ぶかどうかは……アレク様次第、ですわ」
「それは……」
アレクがその言葉に何も返せないでいると、セラフィは背を向け扉へと向かった。
「帰りますよセレス」
「は、はい!」
慌てて付いていくセレスが、アレクに目配せした。その目線には、〝こちらで上手くやっておくから心配するな〟というメッセージが込められているような気がしたアレクだった。
こうしてセラフィは去っていった。
この日を境にセラフィは元々決まっていた婚約者に、一方的な婚約破棄を突きつけた。更に王宮内でユーファ王子派であった貴族達へと接触をはじめ、王宮内がにわかに騒がしくなったのだが――意図的にセラフィがそうしたのか否かは分からないが、アレクの周囲にその余波が来ることはなかった。
「やっとお店に集中できる……」
そんな言葉を吐いたアレクは、ようやく日常が戻ったことに喜んだのだった。
とまあ、そんな感じで次話よりまたお店の話に戻ります。
セラフィさんもまた、色々と覚悟完了しているようですね……のちに、エスメラルダとキャットファイトを繰り広げることになるとかならないとか。
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