61話:音の召喚魔術
王宮内――王国騎士団、【白の天秤】騎士長室
「ふむ……これは確かにその証拠に他ならないな」
低い声が響く。アレクとサンドラ、ベルの3人がその部屋の奥にあるデスクの前に立っており、この部屋の主が資料に目を通し終わるのをジッと待っていた。
王国騎士団の中でも〝法と正義〟を司る【白の天秤】の騎士長ウヴァロが、アレクが提出した証拠品である書類や帳簿などを机の上に置いた。
厳格そうな顔に、少し白髪が交じった豊かな髭を蓄えたウヴァロは一見すると優しそうな印象を受けるが、苛烈であり、情け容赦なしと評判の【白の天秤】の騎士長がただそれだけなわけがない。
アレクは、改めて気を引き締めた。
「アルマンディ商会による違法採掘遠征。全く……だから儂はあの男は好かんと散々言ったのだが……」
ウヴァロが溜息をついた。この目の前の若き店主が提出してきた証拠品には間違いなくアルマンディ商会の魔力刻印がされており、偽装された物ではないのが分かる。
「生き残った採掘士達の証言もあります」
アレクのその言葉に、ウヴァロが頷いた。
「部下に、聞き取りしたものをまとめさせている」
ウヴァロがそう言った瞬間に、扉が開いた。
「ええい! 離せ!! 私を誰だと思っている!!」
それは、ウヴァロの部下の騎士に連行されてきたアルマンだった。
「おや、アルマン様。偶然ですね」
アレクが白々しくそう言って、頭を下げた。
「お前は!! やはりお前の差し金か! ウヴァロ! 貴様も何を血迷った! こんなガキの言葉に踊らされよって!」
「アルマンディ商会会長ニール・アルマン。これらの帳簿や資料は間違いなく貴公の商会の物のようだが?」
ウヴァロがそう言って、アルマンに見えるように資料を掲げた。
「それとも、貴公の商会は、自身の魔力刻印まで売っているのかね?」
「あ、いや……それは……」
「更にユーファ王子の名前を出して、脅迫したという証言もあるが」
「で、デタラメだ! 証拠はあるのか!!」
唾を飛ばしながら叫ぶアルマンを見て、アレクが丸い黒色の宝石をウヴァロへと渡した。
「ウヴァロ様。これに魔力を込めてみてください」
「ん? これは?」
「証拠ですよ」
「ふむ」
ウヴァロが手の中の宝石に魔力を込めると――
『帰れ!! 訴えられるものなら訴えてみろ!! 全部俺が揉み潰してやる!! 王族の力を使ってでもな!』
『アルマン様とユーファ王子の力で、違法な遠征と強制労働の訴えを揉み潰すと。そう仰るのですね』
『そうだ!!』
宝石から、アルマンとアレクの声が響いた。
「ほお……興味深いな」
「な……なんだ今のは!! なぜ私の声が!」
目を細めるウヴァロに、アレクが説明していく。
「それは、僕が作った【録音】と名付けたマテリアです。発動させると、一定時間周囲で発せられた音を吸収し蓄える力を持っています。そして魔力を込めるたびに――その音を再び放つ事ができます。簡単に言えば、音の召喚魔術ですね。術者の任意のタイミングで、予め記憶させた音を召喚する」
「嘘だ! そんな魔術も魔具も聞いた事がない! ウヴァロ、それはこいつが偽装したものだ!! 私がそんな事を言うわけがない!」
アルマンの必死な懇願を聞いて、アレクがベルへと目配せした。するとベルは右手に埋めていた、ウヴァロに渡した【録音】のマテリアと全く同一の物を取り出し、アレクに渡した。
アレクがそれに魔力を込める。すると――
『嘘だ! そんな魔術も魔具も聞いた事がない! ウヴァロ、それはこいつが偽装したものだ!! 私がそんな事を言うわけがない!』
そこから、先ほどのアルマンの発言が再び発せられた。
「まさか僕が、アルマン様の言葉を一字一句予想して、予め用意していた……とでも言うつもりですか?」
「嘘だ……」
アルマンは身体から力が抜け、膝が床についた。
「ニール・アルマン。王家御用達の商人である貴様が王族の名を使って脅迫をした……この罪の重さを分かっているのか?」
ウヴァロの声はまるで死刑宣告のようだ。
「ち、違う……違うんだ! 私は! ユーファ王子の指示で!!」
「更に、王子へと罪をなすりつけるとはな……連れていけ! あとでゆっくりと尋問する」
ウヴァロの命令によって騎士がアルマンを連れて行こうとするが――
「ま、待ってくれ!! アレク! 同じ商人のよしみだ! 助けてくれ! 私は無実だ! これは全部王子が仕込んだことだ! 助け――ギャッ!」
抵抗するアルマンを騎士が剣の柄で殴った。
その様子を、アレクはジッと見つめていた。その顔には何の感情も浮かんでいない。
「ざまあみろだわ」
サンドラが小さく呟いて、片目を瞑って舌を出した。
「サンドラ。ダメだよ」
アレクがそれを窘めた。
「さて……アレク。ご苦労だったな。これらの証拠、証言が全て本当だとすれば……アルマンの処刑は免れないだろう。ただし、1つ言っておく。商人ギルドのギルド長であり、かつ王家御用達である商会の会長ともなると……即処刑というわけにはいかん。処刑執行までおそらく短くても1年……長ければ5年以上は掛かるかもしれん」
ウヴァロの言葉は、アレクの予想の範囲内だった。アルマンほどの地位の人間だ。即処刑すれば当然混乱が起こるだろう。
「構いません。僕はアルマン氏が憎いわけではありませんから。しかるべき罰が与えられたのならそれで良いのです」
「そうか。なら良い」
さて。ここまでは概ね予定通りだ。アレクはお腹に少し力を入れた。
せっかくセレスさんのおかげで【白の天秤】の騎士長とこうして会って話す事が出来たのだ。このまま終わるのは――商人としては少々勿体ない。
そう思考して、アレクが口を開いた。
「ところで、ウヴァロ様。1つご提案が」
「ん? なんだ?」
「【録音】のマテリアの有用性は分かっていただけたと思うのですが……このマテリア――【白の天秤】で使いませんか?」
アレクはそう言って、飛びっきりの笑みを浮かべたのだった。
商人は、チャンスを逃さない。
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