55話:想定の範囲内
「何かご用でしょうか」
アレクが営業スマイルを浮かべ、アルマンへと向けた。サンドラは睨んでいるがいつものように何かを言い出す様子はない。
「ここの店、私の記憶が正しければ……レガードの店だったはずだが。君のような子供が何をしている?」
明らかに蔑んだような表情で見下すアルマンを見てアレクは溜息をつきながら、それに答えた。
「開店日の前日に、出店の届け出はしましたが? 店を正式に譲渡してもらった書類もあります」
「それは国に対してだろ? 商人ギルドにそういった報告は一切なかったと思うが。加入手続きすらしていない」
「その必要性が今のところないと感じましたので。見ての通り、アルマン様の商会に比べたら零細店ですし」
そう言ってアレクが肩をすくめた。いつか、こうなる事は分かっていた。分かっていたのなら対処は出来る。
「そういう問題ではないんだよ。商店をやる以上は、商人ギルドに入るのがこの王都では常識なのだよ」
「レガードさんは入っていなかったようですが?」
それを聞いたアルマンがステッキの先をアレクへと向けた。ベルは一瞬でそれがただの脅しだと見抜き、微動だにしなかった。こういう状況は既に想定済みだった。彼女は、絶対に手を出さないようにとアレクに厳命されていたのだ。そしてサンドラには何があっても喋るなと言っておいた。
1の言葉を100に解釈しかねない男に、サンドラの歯に衣着せぬ物言いは、この場合はあまり良い方向には転がらないと思ったからだ。
「あまり大人を舐めない方がいいぞ、小僧」
アルマンが低く脅すような声を出すが、アレクは笑顔を崩さない。
「お店が大きくなって懐が温かくなりましたら、検討しますよアルマン様」
アレクはそれで話は終わりとばかり、立ち上がり、店の扉の方へと手を向けた。
「……ふん、まあいい。今日は挨拶だけにしておこう。近日中に、商人ギルドに加入する事。しなかった場合は……さてどうなるやら……」
そう言って、アルマンが邪悪な笑みを浮かべた。去ろうとするその背中に、アレクが声を掛けた。
「あー、そういえばアルマン様。聞いた話によると、何やら採掘遠征を仕切っていらっしゃるとか。この時期にキーリヤとは流石はアルマンディ商会ですね。僕だったら怖くてとても出来ないですよ」
「……何の話かね?」
振り向きすらせずアルマンはそう言って、店から去っていった。
「マスター」
アルマンが去ったあと、ベルがまっすぐにアレクを見つめる。
「どうしたの?」
「……意外とマスターって負けず嫌いですね」
そんな事を真顔で聞いてくるので、アレクは思わず笑ってこう答えた。
「あはは……さてどうだろうね。でもああいう大人は大っ嫌いだよ」
やな奴!
アレクさんもやられっぱなしでいるつもりはないようですね




