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38話:現状と伝承と


「いや……だから僕は飲めませんって」


 そう言うアレクの向かいにエスメラルダが座る。ベルが空の酒杯に、エスメラルダから受け取った樹酒の瓶から酒を注ぎ、彼女の前へと置いた。甘い、薬草のような匂いが漂う。


「ちょっとぐらい良いじゃない」

「ダメですよ」

「堅いわねえ。まあいいけど」


 ぷはーと言いながら飲むエスメラルダを見て、アレクが口を開く。


「エスメラルダ様。僕を呼んだ理由は――マナ枯渇症の事ですか」


 アレクがそう言うと、エスメラルダがこくりと頷いた。


「その通りよ。私達エルフは基本的に飲んで騒いで、時々獣人族と殴り合って……という生活を繰り返しているのだけど、ここ最近、急に気絶する者や倒れる者が増えてね。原因が分からなかったのだけど……たまたまこの里に立ち寄った、先代の恩人であるレガートが、霊樹の不調が原因だと指摘したの」

「その霊樹ってのは?」


 聞いた事のない単語だ。王都でエスメラルダがちらっと口にしたので、アレクも調べてみたのだが……何も分からなかったのだ。


「……エルフの信仰の元よ。禁足地の奥にある、言わば聖地と呼ばれる場所にあるの。そこに入れるのも、それを見る事ができるのも王族だけ……なのだけど」


 それが何か分からないにせよ、なぜ自分が呼ばれたのだろうか。アレクにはそれが疑問だった。


「遙か昔に、同じようにエルフ達が次々とこの病を発症することがあったそうなの。その時に、里を救ったのが――幻獣を引き連れた魔力珠遣い……と伝わっているわ」


 幻獣を引き連れた魔力珠遣い――幾度となくこの里に来てから聞いた言葉だ。まるで、それはサンドラとアレクの事のようだ。


「魔力珠……つまりマテリアが何か関係しているという事でしょうね」

「そうね。きっとレガードもそう判断したのよ」

「あ、そういえばレガードさんはもういないんですか?」


 レガードに会えるかもしれないと思っていたが、祭りの会場にその姿はなかった。


「もう去ったわよ。アレクによろしくと言っていたわ」

「残念です。では、エスメラルダ様。まずはその霊樹とやらを見に行きませんか? 僕がどうお役に立てるかは分かりませんが、見ない事には始まらないでしょう」

「ええ、勿論そのつもりよ。明日の朝、早速案内するわ。でも場所が場所だから、案内は私1人だけ」

「構いません。あとは念の為、これを――」


 そう言ってアレクは予め用意していた、とある短剣をエスメラルダに差し出した。


 その柄には緑色の水晶が埋まっており、刃も水晶で出来ている、繊細かつ美しい短剣だった。エスメラルダにその短剣は良く似合っていた。


「っ!! これは!?」


 なぜか一瞬取り乱したような態度を取るエスメラルダの声が上擦る。


「マテリアウェポンです。特に――マナ生成に特化した物ですね。それを持っているだけで、マナが生成されます。おそらく、よほどマナを酷使しない限り、マナ枯渇症が発生する事はありません」

「ああ……へえ。素敵ね。ふふふ……セラフィには内緒にしとくわ」


 そう言って、冷静さを取り戻したエスメラルダが悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「へ? セラフィ王女にですか? なぜ?」

「なんでもないわ。じゃ、ありがたく頂戴するわね。また明日! おやすみ!」


 そう言って、エスメラルダが部屋から出て行く。



 後ろ手で扉を閉めたエスメラルダは、その美しい刃を持つ短剣を廊下の灯りへとかざした。


 その薄透明な緑を見て、彼女は思わず笑みを浮かべてしまった。


「――短剣を貰ったの初めてかも。きっとエルフ族の風習を知らないんだろうけどね」


 エスメラルダの言う通り、アレクは知らなかった。


 エルフの間で、男性が女性に短剣を贈る事が――()()()()()()()()、という事を。


天然たらしですね。エスメラルダは王族なので、当然短剣を贈るなんて恐れ多いことをしたエルフの男性はいませんでした。だから、そういう意図がないと分かってながらも素直に嬉しかったようですね。


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― 新着の感想 ―
[一言] ペンダントとかにしとけよ!(^_^;) 話は面白くならないけど(-_-;)
[一言] やっちまったな、アレクwww
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