1話:お前はいらない
新作です。サクサクテンポのゆるーい内容です!
王都郊外。ウィンドヒル平原、野営地跡。
「んー。おいアレク」
「はい、何ですか、ジェミニさん」
崩れた壁に腰かける勇者ジェミニに呼ばれ、パーティメンバーである十代前半と思われる宝石師の少年――アレクがやってきた。
金色のふさふさとした髪とくりくりとした茶色の瞳は、どこか犬っぽさを感じさせた。少年特有の、まだ幼さが抜けきっていないその中性的な顔は、年上の女性達を魅了するに十分なほど整っている。
そんなアレクの肩には、緑色の体毛に覆われたリスとネコを足して2で割ったような不思議な生き物がチョコンと座っていた。その赤い瞳と、額の真ん中にある透明な宝石が陽光を反射してきらきらと瞬いている。
そのもふもふした獣の名はサンドラ。宝石獣と呼ばれる幻獣であり、世界に数体しかいないと言われている。アレクが幼い頃から共に育った、相棒であり、姉的な存在でもあった。
「もっかい確認するがよ、お前が作る加工魔石……マテリアだっけか? は確か1度装備にはめたらその効果は永続するんだよな」
「はい! 今ジェミニさんの剣に付けている、【筋魔両刀】のマテリアならば、付けている限り、永続的にその剣の持ち主の筋力と魔力を大幅に強化しますよ!」
アレクが嬉しそうにそう答えた。宝石師の中でも最も優秀と言われる特級宝石師であるアレクは、装備品に様々な効果を付与できる加工魔石――マテリアの生成や鑑定、そしてメンテナンスを行うのが主な仕事だった。勿論、本人には戦闘能力はないので、魔物との戦闘では全く役に立たない。
だからこそ、アレクの肩に座るサンドラは、勇者の今さらな確認を訝しんでいた。
「だよなあ。で、マテリアは嵌められる数が装備によって決まっていると」
「ですね。付けすぎるとマテリアの力に装備が耐えられずに壊れてしまいますから。勿論ランクの高い装備ほど、沢山付けられます」
「うんうん。でさ、俺が前言ってたように、今後使いそうなマテリアは全部作ってくれたか? 確かそろそろだろ」
「丁度、さっき最後の一個が出来上がったところです! ですが、予備にしてはちょっと数が多いのでは? ジェミニさんと、賢者のラースさん、聖女のマリンさんの分だけで十分だと思うのですけど、やけに近接用のマテリアが多いですよね」
アレクは1週間ほど前からジェミニに言われて、沢山のマテリアを生成していた。それを入れた革袋を差し出すと、ジェミニはひったくるようにそれを奪い、中身を確認した。
「……ちゃんとあるな。実はな、新しい奴をパーティに入れようと思ってな」
「ああ、なるほど!」
「ただなあ……金がないんだよ。王は大して金くれない癖に、お前らはそれなりの金を払わないと納得しないだろ? 今誘ってる奴も結構な金を取られそうでなあ」
「へ?」
何を言い出すのだろうか。そもそもアレクは勇者からお金を貰った記憶がない。宿代や飲食費を全てジェミニが払っていたので、それが給与分だと思っていたのだが……。
「金もないし、マテリアが全部出来上がった以上、お前――いらなくない?」
そんな事を言いだしたので、ついにサンドラが口を開いた。
「ちょっと! 何言い出すのよあんた!」
サンドラの少女のような声に、ジェミニがしかめっ面をする。
「うるせえ、てめえには話してねえから黙れ、けだもの」
「……!!」
「大体、勇者パーティなのに、魔物を連れてるのはおかしいだろ?」
「それは……! というかあたしは魔物じゃない! 宝石獣!」
「どっちも一緒だろうが。とにかくマテリアが出来た以上、戦闘も出来ない無駄飯食らいのお前らは用済みなんだよ」
ジェミニの言葉に、アレクは俯いた。
言いたい事はたくさんある
でも、言い返せない。
でも1つだけ……言わなければならない事があった。
アレクは泣きそうになるのを堪えながら、それを口にした。
「でも……メンテナンス……しないと」
「うるせえ! それぐらい他の誰かにやらせる! お前、メンテナンスとか言っても、いつも磨いてるだけじゃねえか!」
「はああ!? 何言ってるのあんた! あれはマテリアの摩耗を――」
サンドラが怒りの声を上げるが、苛立ったジェミニが剣を抜いて、アレクに突きつけた。
その勢いにアレクは思わず尻餅をついてしまう。サンドラが全身の毛を逆立てて、威嚇した。
「さっさと失せろ!!」
ジェミニがそう怒鳴りながら剣を鞘に納めて、去っていった。賢者と聖女の気の毒そうな視線が余計にアレクを辛くさせる。
気付けば、勇者達はいなくなっていた。
地面には、涙の跡があった。サンドラがその小さな手で優しくアレクの頭を撫でる。
しばらくして、サンドラは優しくアレクへと声を掛けた。このままここにいたところで、意味はない。それに魔物がやってくるかもしれない。
「……アレク、行こう」
「……うん」
立ち上がったアレクはもう泣いていなかった。
☆☆☆
「ああもうムカつく!! あいつ全然分かってないじゃない!! アレクがどれだけ優秀かを!」
「ん、分かったから。もういいよ、サンドラ。ありがとうね」
「良くない!!」
王都へと戻ってきたアレクとサンドラが会話しながら、王都の外れへとやってきた。ここまで来ると人もまばらだが、衛兵の詰め所が近いせいか治安は良い。
「今日はここで野宿かな」
アレクが背中のバッグから毛布を取り出すと、雨風をしのげそうな屋根の下に広げた。
「……この短剣とマテリアを売れば?」
サンドラが脇に置かれていた、アレクの短剣の柄に付いているマテリアを爪でつつく。
「ダメだよ。これは大事な短剣とマテリアなんだから。言ったろ? 母さんの形見だって」
「でも、大した武器ではないんでしょ? マテリアもなぜか効果が出ないし」
「今はね」
アレクはそう言って、壁にもたれかかった。
正直これからどうすれば良いか、全くわからなかった。
田舎から出てきて、母の遺言通りに王都の冒険者ギルドに行くとすぐに話が進み、気付けば勇者パーティ専門の宝石師になっていた。不満はなかったし、楽しかった。
なのに、どうしてこうなった。
「……宝石師としての力は一流なんだから、しゃんとしなさい。明日は仕事を探しましょ」
「うん。でも、王都ではマテリアって全然知名度がないんだよね」
装備にマテリアを付けて強化するという概念自体が、王都にはなかったのだ。なぜか勇者パーティは理解していたが、他の冒険者が同じくそうとは思えなかった。
「自ら売り込むしかないわね。勇者パーティも使っていた! って売り文句を使えばいいわ。それぐらいしても罰は当たらないわよ」
「うん。そうだね」
なんて話していると、目の前に行商人らしき老人が通りがかった。その荷台から革袋が数個落ちたが、老人は耳が遠いのか、気付いていない。
アレクは何も考えずにそれを拾う。随分と軽いその袋の中身が緩くなった口から見えた。それはこの王国で流通している紙幣の束だった。
「うわ……お金だ」
サンドラが思わず口にしてしまい、すぐにその小さな両手で口を塞いだ。
それでも老人は気付かずに、進んでいく。アレクは何も考えずに革袋を全て拾うと駆け出し、声を上げた。
「お爺さん!! 落とし物ですよ!」
ようやく気付いた老人が振り向く。
「おや……。気付かなかったの」
「ダメですよ、こんな大金が入っているのを落としたら」
アレクがそう言って、革袋を老人へと渡した。
老人は中身を確認すらせずにそれを荷台へと戻す。
「ほっほっほ。うっかりしとったの。ふむ、ところで君は?」
「僕はアレク。宝石師……いや元宝石師ですね……こっちは僕の相棒のサンドラ」
「アレクが良い子だから良かったけど、下手したら盗られていたわよ、お金」
そう答える2人に、老人が笑みを浮かべた。
「君達は善き人々のようだ。ふむ、見たところ若いが……宿無しか?」
老人がアレクが広げた毛布を見て、そう聞いてくる。
「事情がありまして……」
そうして、アレクが言われるがままに事の顛末を老人に話すと――
「なるほど……マテリアとはまた……因果な……よろしい。儂に付いてきなさい」
そう言って老人が歩き始めた。アレクは急いで毛布を仕舞って荷物をまとめると、老人の後に付いていく。
「ちょっと待ってください。何処へ向かっているんですか?」
「ほっほっほ。儂の――店じゃよ」
マテリアはF〇7のあれみたいなイメージで大体合ってます。
アレクとサンドラの活躍をお楽しみください!
新たなハイファンタジーの新作を連載開始しております。
隠居したい元Sランクオッサン冒険者がドラゴン娘とはじめる、規格外なスローライフ!
↓URLは広告下↓
「先日救っていただいたドラゴンです」と押しかけ女房してきた美少女と、それに困っている、隠居した元Sランクオッサン冒険者による辺境スローライフ