魔石屋アレキサンドライトへようこそ番外編 その1
*作者よりお知らせ*
こちらは番外編となっており、本編を未読の方でも分かるようになっておりますのでどうぞお楽しみください。
それに伴い、一部注意事項がございます。
*本編開始時点とは時系列がズレています
*書籍準拠の為、マテリアという名称ではなく、魔石という名称を使用しております
中央大陸に流れる大河、ストル川。その河口付近を中心とする国があった。
西には砂漠と火山、南には大森林。北には大山脈を有する自然豊かなその国の名は――ベリル王国。交通と貿易の要であるストル川の河口にあるのが王都ベリリウムだ。
そんな王都の北西側に位置する商業区の路地裏に、とある店が建っていた。
その店の名は、〝魔石屋アレキサンドライト〟
世に珍しい、持ち主に力を与えるという宝石――魔石をこの王都で唯一扱う店である。
三階建のその店は一階が店舗スペース、二階と三階が住居兼倉庫となっている。その三階の、路地裏に面した部屋の窓に、昇ったばかりの太陽の光が差し込む。
陽光に照らされているのは、ベッドで眠る一人の少年だ。
金色のふさふさとした髪は寝癖がついており、どこか犬っぽさを感じさせた。少年特有の、まだ幼さが抜けきっていないその中性的な顔は、女性達を魅了するに十分なほど整っている。
彼の名はアレク。幼いながらも、この魔石屋の主人である。
そして彼が被っている毛布の上に、丸まって寝ている不思議な生物がいた。緑色の体毛に覆われたリスとネコを足して二で割ったような見た目で、額の真ん中にある透明な宝石が朝日を反射してきらきらと瞬いている。
そのもふもふとした獣の名はサンドラ。宝石獣と呼ばれる幻獣であり、世界に数体しかいないと言われている。アレクが幼い頃から共に育った、相棒であり、姉的な存在でもあった。
二人ともスヤスヤと良く寝ており、起きてくる気配はない。
「マスター、おはようございます。朝ですよ」
そんな二人を叩き起こすべく、部屋に一人のメイド服を纏った少女が入ってくる。
肩で揃えられた銀髪に、赤い瞳。どこか無機質めいたその表情からは、感情は読めない。
彼女の名はベル。アレクに仕える住み込みメイド兼魔石屋の従業員である。
「うーん……あと……五時間……」
「それは二度寝にしても大胆すぎるからダメです」
毛布から出ようとしないアレクに、ベッド脇に立っていたベルがグイッと顔を寄せた。
アレクの眼前に、ベルの綺麗な顔が近付いてくる。彼女の長い睫毛が、今にもぶつかりそうだ。
「べ、ベル! 顔が近いよ!」
「起きましたね。マスターにはこうするのが一番効果的だと判断したまでです」
無表情のまま、スッと離れたベルを見て、アレクはため息をついた。素直に起きない自分が悪いのだが、この起こし方は心臓に悪いので止めて欲しいのが正直なところだ。
「うー……むにゃむにゃ……もうどんぐりは……いらないよ……」
アレクはまだ寝ぼけているサンドラの頭を撫でると、ベッドからようやく抜け出した。
「着替えはこちらです」
「ありがとうベル。昨晩に変わりは?」
「異常はありません。猫が五匹、店舗の前を通ったぐらいです」
「そりゃあ平和で結構だ」
アレクが着替え終えると共に、ようやくサンドラが起きたのかベッドの上で猫のように伸びをすると、ヒョイとジャンプし、アレクの肩へと着地した。
「ふあー。お腹すいたわ」
「朝食はどんぐりにしますか?」
ベルが真面目な顔でそう聞くので、サンドラが首を傾げた。
「へ? なんでどんぐり?」
「サンドラが寝ぼけてそんなことを言っていたからだよ。ね、ベル」
「はい。どんぐりとなると、今から採取しに行かなければなりませんが……」
「どんぐりなんて食べないわよ! リスじゃあるまいし!」
そんな会話をしながら、三人が一階へと降りていく。
店舗スペースは宝石店のようにシューケースが並んでおり、壁際にはいくつかの武器が飾ってあった。そのどれもが商品であり、いずれも魔石が埋め込まれている。
いつものようにベルがカウンター奥にあるキッチンで朝食の準備を始めると、アレクは作業台の掃除を開始した。店舗についてはベルがいつも開店後と早朝に綺麗に掃除してくれているが、この作業スペースだけは自分でするようにしていた。
それは、宝石師としてのアレクのこだわりのようなものだ。魔石を作る為の道具を丹念に拭き、ピカピカに磨いておく。作業台の上も整理整頓して、何がどこにあるか目を閉じていても分かるようにしておく。
全て、亡き母に教わったことだ。
その間、サンドラは窓から差す陽光が当たるカウンターの上で丸まって、ひなたぼっこしていた。
「今日も天気良いわねえ」
「もう夏だからね。夏の王都はカラッとした天気で気持ちがいい」
アレクがサンドラと会話しながら、手際よく清掃と整理を終わらせると、足下の箱の蓋へと手を翳した。その箱の蓋には銀色の魔石が埋め込まれており、彼の魔力に反応して、カチリという鍵が外れる音を鳴らす。
それは【施錠】と呼ばれる魔石であり、蓋や扉といった開け閉めする物に埋め込むことで、鍵代わりになるのだ。最初に込めた魔力を持つ者でなければ絶対に開くことはない。
その箱の中には、不思議な光を放つ水晶の欠片が詰まっていた。そのうちの数個をアレクは取り出すと作業台の上へと置く。
「今日は何を作るの?」
「丁度今日、【魔力強化】がいくつか返却されるから、それと合わせてお勧めできる、スキル系の魔石をいくつか作ろうかなと。特に夏場は氷属性系の魔術に需要があるから、まずはそれかな」
アレクがそう言って、水晶の欠片を一つ手に取ると、それに丁寧に魔力を込めていった。
イメージするのは、氷雪舞う山々だ。吹雪を水晶の中に閉じ込めるようなイメージで魔力を変化させながら水晶へと流していく。すると、無色透明だった水晶の中央部が徐々に紫色に染まっていった。
「こんなもんかな?」
「作るのだいぶ早くなってきたわね。昔は一個作るのに丸一日掛かってたのに」
「魔力の込め方のコツが分かるまで苦労したよ」
アレクは苦笑しながら、ノミとハンマーを取り出し、水晶の外側を削っていく。そのノミにも魔石が埋め込まれており、そのおかげか、硬そうな水晶がまるでバターのように簡単に削れていった。
そうして、中央部の紫色の部分だけを残して周りを削っていくと――長方形型に切り出された紫色の石が出来上がる。
だがそのままでは、まだ美しい石程度の物でしかない。アレクは右手に【研摩】と呼ばれる魔石を埋め込んだ特殊なグローブを嵌めると、それで慎重にその石を研摩し始めた。繊細なその指先の動きと絶妙な力加減で、石がカットされていく。
その目付きも、手先も、熟練の職人のそれだった。
そうして丁寧に全面をカットしていくと――陽光で瞬く美しい宝石が出来上がった。
これこそが、この王都でもここでしか手に入らない、力を持つ宝石――魔石だった。
「さてさて、どうかな?」
アレクはその魔石を腰に差していた短剣の柄の上へと置くと、更に魔力を込めて柄の表面へと埋め込んでいく。
「――【アイスダスト】」
アレクが短剣の切っ先を宙に向けて、魔力を込めた。すると、ひんやりとした空気と共にキラキラとそれこそ宝石のように瞬く小さな氷の粒が噴出。
「【スノードレイク】」
更に魔力を操作して氷の粒を集め、空中に氷像を造り上げていく。それはまるで竜のような姿になると、意思を持っているかのように店内を飛び回った。
その魔術は氷で出来た眷属を作る、氷属性魔術の中でも上級魔術に分類されるものだ。
魔術師でも何でもないただの商人であるアレクが、そんな上級魔術を使えるのは魔石のおかげだった。
スキル系と呼ばれるこのタイプの魔石は、それを埋め込んだ武具を装備するだけで、誰でも簡単に魔術が使えるようになるという力が秘められていた。勿論、埋め込んだ武具との相性や使う本人の魔力量や質によって、どれほどの魔術が扱えるかは異なってくる。
本業の魔術師でも自身が得意とする属性以外は、初級魔術すらも会得するのに十年は掛かると言われている。しかし装備するだけでどんな属性でも、初級魔術程度なら簡単に扱えるこの魔石が、いかに規格外かが分かるだろう。
「問題なさそうね」
「うん。良し、あと四つは作ろう」
アレクは当たり前とばかりに、そんな魔石を量産し、ショーケースの中に飾っていく。ついでにさきほど作った氷の竜も一緒に展示し、客の目を引くようにする。
「マスター、朝食が出来上がりました」
「うん、こっちも作業が終わったところだよ」
カウンターに置かれた、作り立ての朝食をアレクが食べながら、ベルと打ち合わせを行っていく。
「今日は魔石の返却が多いから、その対応はベルに任せるね。言うまでもないけど貸し出し数と返却数に差異がないかのチェックもお願い」
「かしこまりました。既に本日返却予定の顧客データはインプット済みです」
「助かるよ」
この魔石屋では、魔石の貸し出し――つまりレンタルと販売という二つの方法で魔石を客へと提供していた。魔石自体がそれなりに高級品なので、気軽に使ってもらってほしいというアレクの想いで、そういった形態になっていた。
「新規のお客さんが来たら、僕とサンドラで対応する。サンドラ、よろしくね」
「はいはーい、この看板娘に任せなさーい!」
器用に後ろ脚だけで立って、前脚を組んだポーズでサンドラが力強く頷いた。
「良し、じゃあ今日も張り切ってオープンしようか!」
食事を終えたアレクがそう言って立ち上がった。
「はい」
「おー!」
アレクの言葉にベルが無表情で頷き、サンドラが勢いよく右前脚を突き上げた。
彼は店の表に出ると、扉に掛けていた、〝閉店〟と書かれた札をひっくり返した。
「さて、今日はどんなお客さんが来るかな?」
「厄介事じゃなければ良いけどねえ」
「そういうこと言うと、本当に来るから勘弁してよ」
カウンターに戻ったアレクが魔石精製の作業に戻ろうとすると、開店早々に――カランカランと扉が開く音が鳴った。
さて、どんなお客さんだろうか。レンタルの返却か、それとも新規のお客さんか。
いずれにせよアレクとサンドラ、そしてベルが声を揃えて、客にこう声を掛けたのだった。
「魔石屋アレキサンドライトへようこそ!」
というわけで、魔石屋アレキサンドライトへようこそ、番外編でした!
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