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「それで、集まったのはこれだけか……」
二時間待って集まって来たのはたったの三十人弱。
能力の無い者を呼んだところで、死体が増えてしまうだけと思い呼ばなかったが、流石に人数が少な過ぎる。
思わず苦笑してしまう。
「蓬莱の名前を聞いただけで逃げ出すやつも居たらしいよ。全く意気地無しも程々にして欲しいもんだよ」
柊が壁に寄り掛かりながら呟いた言葉に、反応するかのようにして赤坂の口が開いた。
「覚悟のないものは真っ先に殺されるだけだ。それならばいないほうがマシだろう」
赤坂は俺達の行き着く先を見る為にここに残っている、と以前に言っていた。
その言葉通りに幹部会でも何か言う訳でもなく、基本的に地蔵の如くただただ居座っているだけだ。
だが、今回の件に関しては見ているだけではいられないのだろう。
赤坂の目には、悔やみきれないほどの後悔が浮かんでいるようだった。
十年間の年月があれば間近な死も幾度となく経験してきたはずだ。
それは死を数える程にしか知らない俺の想像出来るものではない。
どちらにせよ、ないものねだりをしても仕方が無い。
まぁこの程度だろうと俺がため息をついて立ち上がった、その横で誰かが俺の名前を呼んでいる気がした。
細々として鳥の囀りかと思うほど小さな声。
声の方を振り向くと、そこには刀を強く握りしめて立つ刈谷の姿があった。
「刈谷か。どうした? 通常兵器隊には退避命令を出したはずだが」
「僕は、武士。戦わないと、ここにいる意味が無い……」
刈谷 宗司。
異能力がある訳ではないが、能力者と互角以上に戦える身体能力を備えた化け物だ。
今でこそこんなにもたくましくなったが、初めて会った時の彼は今にも死んでしまいそうなくらいに弱っていた。
俺が十六になる年の春、まだグループを設立して間も無く、名前すらなかった頃だった。
彼は少し押してしまえば壊れてしまいそうな、家と呼べるのかも分からない小屋にたった一人で座っていた。
彼の目は何も受けつけないといった様子で、縄張りを守る野良犬の如く今にも噛み付いてきそうな雰囲気を醸し出す。
一瞬近づくのを躊躇うほどに負のオーラを纏っていたのだ。
それでも何故か無性に放っておけなくて、おそらく自分の過去に彼を重ねてしまっていたのだろう。
両親は? 飯は食べてるのか? 立てるか?
俺は何度か彼に質問をしたが、目で俺を追うばかりで返事は返って来なかった。
誰にでも分かるような漂う警戒心。
今までに彼が会ってきた人が善人だけとは限らない。
そうでない人間の方が多いこの地域で、善人など数えるほどしかいないのかもしれない。
俺はそれから数日間、ほぼ毎日のようにその小屋へと足を運んだ。
畳三畳ほどの広さはある小屋だったが、彼はいつも入り口から一番遠い角にいる。
今にも折れてしまいそうな膝を、これまた今にも折れてしまいそうな腕で抱えて座っていた。
一週間を超えたあたりから彼は首を振ることで自らの意思を示すようになっていた。
最初に会った時から比べれば、少しばかりの進歩だろう。
二週間が経ち、俺はそこへ足を運ぶのをやめた。
元々彼目当てでそこに行っていたのだから、彼が俺の後をつけるようになったらそこへは行く必要が無い。
いつだったか、俺は彼に選択肢を与えた。
一つは最低限として自分の身を守れるだけの技術をつけて、貧民街で新しい暮らしを始めるというもの。
もう一つは俺のグループに入り自分の居場所を、役割を見つけるというもの。
彼は迷うことなく後者を選んだ。
本当は彼には平和に生きて欲しかった。
治安は悪いが、貧民街で暮らしていれば自ら戦いに出るよりかはマシだっただろう。
彼が選んだ道に何も言うつもりは俺にはない。
だからせめて、自分を守ることが出来るようにと、師匠の家にあった使っていない刀を彼に渡した。
彼は刀を懐かしそうに受け取り引き抜くと、横に一回、二回と空を切った。
彼が自分のことを話すようになってから知ったが、彼の父親は貧民街でも有名な剣豪だったらしい。
体が小さかったため年下だと思っていたが、刈谷と俺は同い年だと最近聞いた。
年齢などあまり気にしていないが、少しばかり驚いたのを覚えている。
そして月日が流れ、彼は今では「ストレイキャッツ」の無能力者達の憧れとなり、希望の光になっている。
刈谷が俺の命令に逆らったことは、ただの一度もない。
助けてもらった恩を感じているのか、誰かにそういう育て方をされたのかは知らないが、危険な任務だろうと黙って命令に従う。
そんな彼が初めて俺の命令を無視した。
逃げた方が安全なのにも関わらず、自ら戦いを望むと。
俺は嬉しさ半分、悲しさ半分だった。
彼自身のわがままを初めて通してくれた、それでも大切な仲間は傷つけたくない。
それは他の仲間にも言えることだが、ここ貧民街での仲間は家族のようなものだ。
誰だって家族には死なれたくない。
彼への返答に迷っていた俺に、答えを催促するように刈谷が追ってさらに口を開く。
「僕はあなたに、助けられた。今度は僕が助ける番……」
俺は興奮する子猫をいなすように、刈谷の頭を軽くぽんと撫でた。
その言葉だけで、決心するには十分だった。
「さぁ刈谷を含めて丁度三十人だ。思い知らせてやろう俺達の力を!」
「おおッ!」
「叩きのめす!」
俺の言葉に血の気の立っている能力者達は立ち上がり、各々の気持ちを叫ぶ。
これから死ぬかもしれない戦場へ行くには、アドレナリンを出すのが一番楽になれる方法だ。
師匠に聞いた話では、戦地へ赴く人が逃げないようにドラッグを使い、精神を崩壊させていた国もあったらしい。
それだけ人は恐怖に弱い。
自らの中にある恐怖をかき消すように叫ぶのだ。
刈谷も自分なりに気持ちを高ぶらせているのだろうが、元々感情が表に出ないので震えているようにしか見えない。
それが妙に可笑しくて、思わずふっと笑ってしまった。