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暖かな日差しが窓から入り目を覚ましたが、こんな最高な日にすぐに起きてしまうのは勿体ない気がして、中々起きれるものではない。
「うぅ、ふぁ〜」
と言っても起きないわけにもいかないので、大きく息を吸って重たい体を起こす。
ベッドの横に座るようにしてぼさぼさな頭を掻き回していると、誰かが俺の部屋をノックした。
「おう優、起きたならとっとと飯にするから満月起こしてきてくれ」
「んぅ? 了解、よいしょ……」
そこにいた男は無駄のない筋肉のついた体に似合わないピンクのエプロンをつけている。
皺のある顔つきに白髪まで見ると随分と歳をとっているように見えるが、確かまだ四十代前半くらいだと聞いた。
寝起きで力の入らない体を無理やり起こして、隣の部屋へと向かった。
部屋のドアはネジが緩み傾いているため、開閉時にぎしぎしと鈍い音がする。
「お〜い、満月起きろ〜」
「……うぅ、すぐ起きるよぉ〜」
彼はこの家に住むもう一人の居候、同い年で俺より先にここにいた柿崎満月。
起きるどころか布団を被ってしまった。
その気持ちは分からなくはないが。
「ほら起きないと……俺が怒られる!」
「おわったった! ……ッ!」
頭まで被っている布団を勢いよく引っ張ると、中にいた満月までくっついて来てそのままベッドから落ちた。
痛そうに腰をさすっている。
「あー悪い。まあ起きれたんだし丁度よかったな」
「丁度よかったな、じゃないから! めちゃくちゃ痛かったから!」
割と勢いよく落ちたからか涙目になっている満月に背を向けるようにして部屋を出て、食卓のある部屋へと向かった。
神奈川区画二十二区に位置するここは家と呼ぶには些か雑な造りの平屋。
部屋は全部で四つ。
ここの家主仙崎の部屋、キッチンと食卓のある部屋、それに後から増築された俺の部屋、満月の部屋。
貧民街の家にしては大きめだ。
「師匠、満月呼んできたぞ、って師匠!」
「おう、優か……」
そこに膝をついて頭を抑えているのはさっき俺を呼びに来た男。
ここの家主で俺と満月の体術の師匠だ。
貧民街における平均寿命は約五十才。
ここではちゃんとした医者など珍しく、病気で命を落とす人が多い。
どれだけ体を鍛えた格闘技のプロでも、病に勝てない時は勝てないのだ。
それは師匠も然り。
非常識が常識の貧民街を四十年以上もの間を生き、俺や満月の面倒まで見てくれていたのだから病にかかってもおかしくはない。
「やっぱり都心まで行ってちゃんとした医療機関に調べてもらおう?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ……都心の豚共には頼るなっていつも言ってんだろ」
肩をかそうとした俺の手を師匠は払った。
優しく払ったのではない。
力が入っていないだけ、そう思えるほど弱々しかった。
「そうは言ってもこのままだと」
それ以上はいえなかった。
「このままだと、なんだ? それにこの家には都心の医療設備を利用するほどの金は無いぞ」
そう、この家には余る金などない。
むしろ今までどうやって三人分の衣服や食料を用意していたのか疑問になる。
俺達がいるから金の消費が大きいのかもしれない。
師匠はテーブルに体重を乗せてふらふらと立ち上がり、朝食の準備を続けようとしていた。
「師匠! 分かったからとりあえず今日は自分の部屋で寝といた方がいいよ。食事も洗濯も掃除も俺たち二人に任せといて、な?」
「悪いがそうしておこうかな。満月にはこのことは」
俺が静かに頷くと、師匠は安心したような表情を残して壁伝いに部屋へと去って行った。
満月がこの事を知れば、過度な心配をすると思って気を使っているのだろうが……
「師匠もうそんなに悪いの?」
満月は俺にそっと小さな声で囁いた。
そう、満月はとっくに気付いていたのだ。
師匠の体に異変が起きたことに最初に気付き、俺に相談をしてきたぐらいなのだから当り前の事なのだが、満月も大人になったということだろう。
「満月……家の事済ませたらすぐに行くぞ」
「そうだね、本当にこんなこと早く終わらせよう」
家から出るまでの時間、満月は終始俺と目を合わせようとしなかった。