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Electro Signal  作者: 笹霧 陽介
第二章 政府直轄討伐軍
18/24

4

 神奈川区画十二区。

 街外れで銭湯があるという情報は、すぐに神奈川区画全域に広まった。

 いかに貧民街とはいえども、砲弾や激しい銃撃戦はそうそうあることではない。

 その上、戦っているのは自分たちと同じ貧民街の人間で、相手は自分たちを虐げてきた軍の人間。

 神奈川区画だけではなく、意図せずして貧民街全域が注目する戦いとなった。

 ここ千葉区画三十三区でも、ストレイキャッツの戦いの知らせを受け、いても立ってもいられない人間が一人いる。


「ジョーカーが困ってるなら行かないとダメね」


「待ちなさいお嬢さん、まだ傷は完治してないんだよ」


 女性が赤茶色の長い髪の毛を後ろに流し、白いTシャツとホットパンツに着替える。

 膝まであるブーツのチャックを上げ、振り返る。

 心配そうに見守る白髪の老夫婦に、優しく微笑み返す。


「今日まで面倒見てくれてありがとう。でも、私はストレイキャッツの切り込み隊長柊真季。グループの危機に駆けつけられないようじゃ意味がないわ」


「あんまり無茶はしちゃダメじゃよ……」


「えぇ、また会いにくるわ!」


 柊が簡素な扉をあけて勢いよく飛び出す。

 老夫婦は心配そうな面持ちで、玄関に置いてある額縁を手に取る。

 中には一枚の写真が入っており、夫婦とその間に少女が満面の笑みを浮かべている。

 老婦は目に涙を浮かべていた。



 私には生まれつき特殊な力があった。

 私の体から炎が出る能力。

 今でこそ能力の講師の範囲の制御も、炎の量の調節も、全てできるようになっているが、生まれ手間もない赤ん坊にできるわけがない。

 そして私は生まれてすぐに両親を殺してしまった。

 自分の意志とは関係なく、赤ん坊が感情のままに泣くように、能力は心の動きに敏感に反応する。

 父親も、母親も、当時住んでいた家でさえも焼き尽くした。

 当時は都心に住んでいた私が両親を殺してしまったことは、大々的にテレビで報道された。


 その後私が十五歳になるまで、都心から離れた院で生活することになる。

 そこはシグナルエラーの、特に親を亡くした子供達が多く集まっていた。

 自分よりも年上の子たちや、院長さんに教えてもらい能力の制御を覚えていった。

 都心に近く、シグナルエラーの管理施設が整っていたことも大きかったのかもしれない。


 十五歳になる年の春、私は院を出て貧民街での暮らしを始めた。

 院では十五歳になるまで里親が決まらなければ、一人で生きなければならない。

 炎系という扱いの難しい、それも親を殺した子供を養子にとってくれる人間は現れなかった。

 最初は大変だった貧民街での生活も、二年、三年と続けているうちに、随分と慣れてくるものだ。

 気がつけば五年の月日が流れていた。


 二十歳になったある夏の日。

 夏にしてはまだ涼しい日だったと思う。

 いまにも崩れそうなアパートの屋上で、私はその男に出会った。

 屋上に出る扉は稼働部が錆つき、開けるたびに耳につく嫌な音を立てる。


「誰……!」


「そんなところで何をしているんだ?」


「あんたには関係ない」


 私はビビらせるつもりで、炎の球を飛ばした。


「初対面の相手に随分な仕打ちじゃないか」


 その男は、炎の球を闇の中に飲み込み、いとも簡単に消した。

 威力の高い攻撃的な私の能力の中で、その攻撃はとても威力の低いものだった。

 それでも、驚くことなく冷静に対処したその男の顔を、私は忘れることはない。


「何か用……?」


「いや、ここは俺のお気に入りの昼寝場所なんだ」


 なんなんだこの男は。

 初対面の人間を素直に信じるな、全ての人間を疑え、という貧民街の暗黙のルールがある。

 それなのにこの男ときたら、自分に攻撃をしてきた相手の横で昼寝を始めようとしているのだ。

 その頃の私は、近づく人間すべてを信じれなくて、全てを実力でねじ伏せていた。


「近づかないで!」


 寝転ぼうとした男の顔面めがけて拳を振るう。

 こちらを見ていなかったにも関わらず、私の手を弾き、逆の手を素早く私の顔の前へ出す。

 何かしらの攻撃がくると思った私は、瞬時に後ろに跳某とするが、すでに遅かった。


「お前も寝てみろ」


 そう男が言った瞬間体がとてつもなく重くなり、立っていられなくなった私は、その場に仰向けの状態で倒れた。流れの早い雲が太陽を隠し、ビルの屋上には涼しい風が吹いていた。

 体が重くなった感覚はすでに消えていたが、もはや戦う気など失せていた。

 横を向くと男は腕を頭の後ろで組み、目を閉じて寝ている。

 男には他の貧民街の人間とは違う、どこか惹かれるものがあった。


 それから私は毎日そこへ向かった。

 男には毎日会えたわけではなかったが、それでも週に一、二度は会うことが出来る。

 会うたびに毎回争うのが、どこか恒例のようになっていった。

 日によって私が制圧する日もあったが、基本その男には敵わなかった。

 それが私にはとても許しがたい事実で、とても気に食わない。


 ある日、私は男に会った瞬間に全力で勝負を挑んだ。

 激しい戦闘の末に、私は負けた。

 その日私は男と長いこと話した。


 彼が「ストレイキャッツ」という名のグループを創ろうとしていること、「ジョーカー」という名前だということ、彼の夢のこと。

 会うようになって三週間程が経ってから、彼は本当にグループを設立した。

 彼にグループ設立の話をされた時から、一つ絶対に言おうと決めていたことがある。


「私をそのグループに入れてもらえないかしら?」


 彼は少し考えた後、承諾してくれた。

 私が彼の夢を知っているように、彼も私の夢を知っている。

 だから彼はその後に一言付け足した。


「俺が目指す未来で君の夢を達することが出来るかは分からないが、少なくとも今よりはマシになると思う。……何が起ころうとも全て自己責任だが、君の夢だけは俺にも背負わせてくれ」


 元々ジョーカーについて行こうと決めていた私は、この言葉を聞いて持てる力の全てを彼のために捧げようと誓った。

 グループに入った後は、今までのように友達感覚で話すような時間は減ってしまった。

 それは分かっていたことだが、ほんの少しだけ寂しい気持ちになったのを今でも覚えている。


 ストレイキャッツとしての初任務は、他グループとの抗争の鎮圧。

 つまり喧嘩だった。

 喧嘩と言っても、治安の最悪な貧民街の喧嘩は、死んでも何らおかしくないようなもの。

 私を含めた三人で五人を相手にする、私達にとって不利な戦況だった。

 そして私以外の二人はその任務で死んだ。

 彼らも今日の任務が初陣だった。


 ジョーカーにその事実を報告をすると、そうかと言っただけでその場を去ってしまう。

 そんな彼の態度に、当時十五人いたメンバーの半分はグループを辞めた。

 それでも彼は眉一つ動かさなかったが、その目には悲しみが映っていたのを見た。

 私は静かに彼の後ろをついて行き、普段何をしているのかを確かめてやろうとした。


 そこで私が見た光景。


 ジョーカーはどこから持ってきたのか手には二輪の花を持ち、今では崩れてしまって渡れなくなった橋の下に静かに置く。

 その場所は初任務で他の二人が死んでしまった場所。

 花の横にしゃがみ、ジョーカーは手を合わせた。


「ジョーカー、あんたはいつもこれを? 死ぬのも自己責任なんじゃなかったかしら?」


「……柊か」


 暫く静かに手を合わせた後振り返り、私と目が合った。


「確かに俺は自己責任だと言ったな。それでも死んだ奴は俺の部下だ。自分の所属グループのメンバーが死んで悲しまないリーダーがいると思うか?」


 彼が私の視界からいなくなるまで、何も言えないどころかその場を動けなかった。


 私の理想のような男は、ただの人間だったのだ。


 そう思うと彼の駒というより、ただ彼の力になりたいと思えるようになった。


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