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朝、鳥の鳴く声で目を覚ました。
家の中の静けさが、満月がいないことを思い出させる。
俺の隣の部屋、満月の部屋にはベッドも衣服も本も全てがそのまま残っている。
これは夢で、寝て起きたらまた元気な声で「おはよう!」と言ってくれるのではないかと、言って欲しいと何度も願った。
そしてまた今日も太陽が昇る。
満月のいない日々が始まる。
あの日から一ヶ月間「ストレイキャッツ」リーダー、「ジョーカー」としての俺は全く動いていない。
金の管理を井川と赤坂に、武器の調達を元蓬莱の仕入れ人に頼んである。
先の抗争で何人もの仲間が死に、グループの中にも不穏な空気が流れつつある。
こんな時こそリーダーがしっかりしなければならない。
それは分かっている。
分かってはいるのだが、俺の体は簡単には動いてくれない。
俺に何が出来る?
最も近くにいた、満月一人を守れなかった俺に何が出来る?
頭の中で俺に囁きかけてくる。
お前は弱い。
目を瞑ると頭の奥底で繰り返し響いてくる。
頭が痛い。
「……うッ!」
「お、おい大丈夫か優? 最近疲れてるようだが……」
目を見開いた俺の視界の中で、男が俺の顔を覗き込んでいる。
「師匠……ごめん、ちょっと嫌なことを思い出してた。だけど大丈夫」
「そうか、大丈夫ならいいんだが。……満月の事はあまり気にするなよ。あいつは自分の意思でお前について行ったんだ」
「あぁ、ありがとう」
気にするな、か。
確かに満月は自分の意思で行動していたかもしれない。
だが、その原因をつくったのは、他の誰でもないこの俺。
責任を感じるな、という方が無理な話だ。
「それはそうと、いいのか? 今貧民街はお前らの噂で溢れ返っていたぞ? あんまり無茶なことはするなよ?」
「分かってるよ師匠。そっちは全て任せてある。今は旧式のものだが、通信手段も確保した。それを使って定期報告もさせている」
自分達のグループの管理はもちろんのこと、他のグループのこと、それに軍部の動きまで。
どんなに小さな事でも、何かあればすぐに報告するように言ってある。
正直なところ、流石の俺も無策で軍に挑むほど馬鹿ではない。
休養と言ってここで休み始めてからの一ヶ月間、俺は新たな作戦を練っていた。
『……』
ベットに座っていた俺が、立ち上がろうとした時、机の上でノイズが鳴った。
『こちら赤坂』
「赤坂か、どうした?」
『あぁ、ちょっと厄介な事があってな』
「厄介な事?」
『軍の行動を見張っていた隠密機動隊と、都心に潜入していた通常兵器隊から、気になる報告があってな。……率直に言おう、軍は近いうちに俺らを潰す気だ』
そろそろ軍に動きがあると思ったが、予想していたよりも遥かに早かった。
俺たちの存在がそこまで厄介になったということか。
「そうか」
『そうか、ってジョーカーどうする気だ? 軍が来るのを待つわけじゃないだろ?』
「当たり前だ。前に言った準備の方はどうなってる?」
『ん? あぁそっちは井川に丸投げしてあったからな、俺からは何とも言えん』
「分かった。それじゃあ赤坂もこれまで通りに頼んだ」
『早い所戻ってきてくれよ』
「分かってる」
『それじゃあな』
そろそろ俺も覚悟を決めて戦わなければならないか。
仲間のためにも、満月のためにも、何より自分のためにも。
◇◆◇◆◇◆
神奈川地区四十八区ストレイキャッツ本部。
「よしお前ら、ジョーカーからの司令だ。すぐに武器と弾薬を整えろ! いよいよ討伐軍との全面戦争だ」
「それはいいんだが、ジョーカーは今回の作戦に参加しないのですか? 一ヶ月以上かかるような怪我はしてなかった気がするんですが?」
ジョーカーからの命令を伝える。
一ヶ月もの間のリーダー不在に募る不安を、中平がメンバーを代表して聞く。
「ジョーカーの目に、俺達の見ている景色は映ってはいない。あいつの目には常に最終的な結果と、それに至るまでの最適解が見えている。俺達が口出しをするような事は何も無い。分かったら俺達は今俺達に出来ることをするぞ」
「分かりました赤坂さんがそう言うなら……」
ジョーカー不在の中、実質的にグループをまとめていたのは俺、赤坂だ。
副リーダーの柿崎 満月は意識が戻っていない上に、もう一人の副リーダーの井川 義貴は大人数のグループをまとめたことがない。
ゆえに役職を持ちたがらなかった俺を臨時的に副リーダーにし、リーダー代理をしている。
もちろん基礎となる部分は、裏でジョーカーの指示が出ている。
「赤坂!」
本部に慌てふためいた様子で入ってきたのは、鬼頭 雅視。
彼はストレイキャッツが設立した時からのメンバーで、異能力高火力隊の一員。
能力は「拡大視野」通常人間では見えないような遠い距離や、小さい文字、後方など、とにかく視野が広がる。
その能力を生かして、遠方の偵察や狙撃を行っている。
「何があった?」
走ってきて落ち着かない呼吸を、無理やり飲み込んで鬼頭が続ける。
「軍が動いたぞ!」
「まさか早すぎる。規模は?」
「約一万だが、戦車や装甲車も出ていたから、数以上の脅威があると思うったほうがいい」
ジョーカーの見立てでは、軍が動き出すのは早くても今年の冬、まだ三ヶ月も先と言っていた。
こちらが油断している隙をついてきた?
いや、まさかそんなはずはない。
軍に行動を悟られないように、最新の注意を払いながら今日まで時間をかけて準備をしてきた。
もはや一刻の猶予もない。
状況の分かっていないジョーカーに指示を仰ぐよりも、今俺が対処するべきだろう。
幸い敵の数はそんなに多いわけではない。
「すぐに人を集めろ! 予定よりも早くなってしまったが、戦うしかない!」
「了解!」
今更嘆いても仕方がない。
これは俺が選んだ道だ。
元レッドナイツリーダーの力、存分に見せてやる。