間章
僕は東京区画第七区に生まれた。
父親は政府のお偉いさんらしく、普段は家に帰ってこない。
たまに帰ってきたかと思えば母親に愚痴ばかりこぼして、僕の事なんて構ってくれない。
母親はそんな父親に疲れ、よく俺を叩いて怒りを発散させていた。
赤く晴れた僕の頬を見直し、母は自らの愚かさを嘆き僕に泣きながら謝るのだ。
僕はそんな両親を恨んでなどいない。
両親をそこまで追い詰めたのは、元を辿っていけば貧民街のせいなのだ。
何年経っても貧民街の問題は解決しない。
父は貧民街の扱いについて、毎日のように頭を悩まされている。
決して両親は悪くない。
悪いのは貧民街のゴミ共。
ゴミは掃除しなくてはいけない。
僕は十六になった時、軍隊に入る事を決めた。
学校での成績はトップで親のコネもあったので、僕が父親の後ろを追うことは容易いことだ。
だが僕はそうしなかった。
憎んではいなかったが、僕は両親の事は嫌いだから。
元々運動神経が良かったのもあって、軍隊に入ってからは実力で上がっていった。
親のコネなどに頼りたくはなかった。
入隊から一年で僕に、最初の実戦での任務が告げられた。
それは貧民街射撃訓練。
最初僕は、その意味が分からなかった。
訓練が任務?
貧民街に行ってまで?
けれども、訓練当日に僕は理解した。
貧民街に住み着く住民登録もされていない無法者を壁に縛り付け、それを的にして撃つのだ。
最初こそ吐き気がしたが、彼らは人ではない。
的なのだ。
そう思い込むことで、自分の心の奥底の罪悪感から逃れた。
逃れようとした。
逃れられるわけないのに、僕は逃れてしまった。
そして僕は気付いた。
僕はどこかネジが外れてしまっている。
同じ人間を訓練と言い張り殺し、同じ人間を実験と言い張り殺し、同じ人間を意味も無く殺し……。
さも作業かのようにそれをやってのける。
「いかれてる」「狂人」「近づくな殺されるぞ」いつしか僕は、同じ軍人にさえ恐れられていた。
そんな時、一人の軍人が手を差し伸べてくれた。
君は強くなれる、と彼は言った。
それから何度か彼と会い、その度に話をした。
今までに殺した人の話、僕の過去についての話、僕の夢の話。
どれも真剣な眼差しで彼は聞いてくれた。
何度目に会った時だろうか、彼はこんな事を言っていた。
「獣の社会は弱肉強食だ。弱い者は死に、強い者が生き残る。では人は? 人は獣とは違う、強い者は弱い者を守らねばならない。君は人か、獣か、どっちだい?」
彼はそれっきり僕とは会わなくなった。
会えなくなった。
後から知ったが、彼は東京地区陸軍の少佐だったらしい。
彼があの言葉を残した次の日の任務で、彼は亡くなっていた。
死んだら意味無いじゃないか。
僕に希望を見せておいて勝手に死ぬなよ。
僕は彼の葬儀の日、空の棺を前に心の中で叫んでいた。
それから五年、僕は訓練に励んだ。
おぞましい任務を何度もこなした。気付けば僕は彼と同じ場所まで来ていた。
「菊川 彰吾殿、貴殿を政府直轄討伐軍東京地区陸軍少佐に任ずる。より一層我が国のために、鍛錬に励むように」
僕は今でもあの軍人の問いに対する答えを出せていない。
だから僕は内部からこの腐った社会を変えてやる。
しかし、僕に出来ることなんて限られている。
何か変な行動をして見つかれば、軍の上層部に揉み消されてしまう。
そんな頃、ある噂を聞いた。
無法地帯だった貧民街が統一された、と。
あるグループが勢力を伸ばしている、と。
僕は彼らを、彼を利用してやろうと決めた。
ストレイキャッツというグループを。
ジョーカーという未知の存在を。