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Electro Signal  作者: 笹霧 陽介
第一章 貧民街統一
12/24

11

「ジョーカー! どうしたのですか戦闘中ですよ!」


 井川(いがわ)の言葉に俺は現実へと引き戻される。

 再び視界を鮮明にした俺の目には変わらない現実が映る。


 いや、殺してはならないという方針のある俺達の方が押されてきている。

 とは言っても、殺さなければ自分が死んでしまうこの状況で、その方針を守っている人間はそういない。

 序盤に押された戦況はちょっとやそっとではひっくり返らないだろう。


「下がって……!」


刈谷(かりや)!?」


 俺の目にも見えなかった。

 刈谷が半分だけ抜いた刀に横から刃が重なる。

 金属がぶつかり合う、耳の奥に響く高い音。

 斬撃の波動に舞った砂埃が吹き飛ぶ。


 刈谷の邪魔にならないように、満月(みつき)とともに離れる。


「あっは!! さっきの見てたよ君強いよね! 君の血はどんな味なのかな、味見させてよ!」


 少しカールのかかった長めの黒髪は、結っていないため動く度にふわっと宙に舞う。

 長い髪のせいで顔がよく見えないが、目の下にクマのある不気味な女。

 俺には剣の腕の強弱は正直分からないが、その女の強さは俺にも分かる。


 ゆらゆらと揺れ動いている。

 次の攻撃が読めない。


「僕は、殺したくない……」


「あっは!! 駄目だよ、刀は殺しに使ってこそ喜ぶんだ!」


 一歩後ろへと飛んだ刈谷の懐へと女が踏み込む。

 ぬるっと滑るかのようにして近づいた女は、小さめの動作で素早く横に切りつける。

 逃げれなかった刈谷の体が、真っ二つにされた。


「刈谷!」


 ように見えただけだった。

 刈谷は女の剣を、自らの刀で舐めるように受け流し、すれすれで躱す。

 その動きは残像を作り出してしまうほどに速い。

 強い剣豪同士の戦いは凄まじく、風のような斬撃が踊る。

 目にも留まらぬ速さで繰り出される斬撃は、地面に無数の切り傷をつけた。

 組み合った刃同士が弾け、二人が逆の方向へと飛ばされる。


 今まで気が付かなかったが、睨み合い止まっている今なら見える。

 女には無数に傷がつき、赤い液体が流れていた。


「どうしてそこまでして……!」


 俺の言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、女は俺の方をぎろりと睨むと、刀を振るう。

 同時に地面に血が飛ぶ。

 まさかと思い、刈谷の方を見ると刈谷にも無数の切り傷が付いていた。


「お前には分からないだろうさぁ! これは剣士としての誇りさ! こんな私でも剣士の端くれだからなぁ!」


 女は目線を刈谷へと戻し、体の力を抜いたようにふらっと動いたかと思うと、地を這うような低い姿勢で近づく。

 再び刃が交わる。

 今までよりも力のこもった、激しいぶつかり合い。


「そういう事ですジョーカー。手出しは無用……!」


 鳴り響く激しい金属音。


 そんな中、俺達の頭上を大きな黒い影が三つ通った。


 俺がまだ都心にいた頃に聞いたことがあった音。

 母の暖かな手をぎゅっと握りしめ、あれは何かと聞くと母は優しく答えてくれた。


「ヘリ、コプター……!」


 前に見た時とは違う点が一つ。

 そのヘリには機銃が付いているということ。

 そしてその機銃は回り出す。

 三機の軍用攻撃ヘリが、俺たちに向けて銃弾の雨を降らす。


「全員今すぐ逃げろ!!」


 俺は必死に声を上げたが、銃弾の発射音とヘリコプターの羽の音に掻き消されてしまう。

 咄嗟にすぐ側で戦っていた刈谷の方を見る。

 彼は無能力者だ。


 正直驚いた。

 思わず自分の目を疑ってしまう。

 刈谷は降り注ぐ銃弾を全て見切り、斬っていた。

 そして頭をよぎる。

 彼は能力者なのでは?

 今まで能力のない彼が能力者と渡り合う姿を見て、不思議ではあった。

 俺はそんな今考えなくてもいいような事を、ゆっくりと過ぎ行く時間の中で考えていた。

 ゆっくりと現実に戻ってくる。時間の進む速度が元に戻り今度は冷静になる。

 もう一人いる。

 俺はもう一人無能力者をここへ連れてきていた。


「満月!」


 俺は周りを見渡す。

 他の能力者たちの近くにはいない。

 目を凝らして改めて見渡す。

 満月は俺の後ろ、少し離れた場所にいた。

 血を流し倒れていた味方に肩を貸しながら、物陰へと避難しようとしていた。


「満月! 待ってろ今そっちに」


 俺の声に気付いた満月がゆっくりと振り向く。

 安心したような顔をしている。

 機銃の向きが変わる。


 揺れる四肢。

 吹き出す血しぶき。

 人はなんとも脆い。

 一発、二発と、銃弾が次々に満月の体を貫通する。


「満月ぃぃぃ!!」


 俺はすぐに側へと駆け寄り、コンクリート片を能力で操り、分厚い壁を展開する。


「満月! 満月! 満月! 返事をしてくれ!」


 弱々しく細々とした体つきの満月の体を、より強く抱き抱える。

 抱いた俺の手が真っ赤に染まる。

 満月はうっすらと目を開けた。


「痛いよ、優……」


「満月! 大丈夫か!? 今すぐ医者の元に」


 言いかけた俺の言葉を遮るように、満月は俺のシャツを掴んだ。


「いい? 優……ぜ、ぜったいに……ッ!」


 受けた銃弾の傷が痛むのだろう、苦しそうに途切れ途切れになる。


「もういい! 喋るな! まずは医者に!」


 シャツを掴む手の力が強くなる。

 と言っても普段に比べればかなり弱々しい力だ。


「いい、から……! 優……きみは……つよい。だから、力を、正しく……」


「お、おい? 満月? しっかりしろ! しっかり……しろよ……」


 動かなくなった満月の頬に、どこからか水滴が落ちる。

 あぁ泣いているのか。

 久しく涙など流したことがなかった。

 涙を流すに値する者が俺の中でいなかったから。


 なのに、なのに、いつも俺の大切なものを奪ってゆく。

 いつもいつもいつもいつもいつもいつも……!


 そっと満月をその場に寝かせる。


「お前らぁぁぁ!! よくも満月を!!」


 俺は血のついた右手を開く。

 そして掌の空気を強く握って圧縮する。

 圧縮された空気は破裂と共に爆発的な威力を生み出す。

 その空気の爆弾を俺は攻撃ヘリへと飛ばす。

 力を正しく。


 俺が間違っていた。

 俺の甘さが満月を……

 満月は優しいから、気にするなと言うだろう。

 一機の攻撃ヘリの周囲が歪んだと思った次の瞬間、内側から膨張するように弾ける。

 飛んだ火花がエンジンに引火し、大爆発を引き起こす。


 ヘリについていたマークは間違いなく軍のものだった。

 満月が今横にいたとしても、奴らを殺した俺へ向けられる優しさに変わりはない。

 満月という男はそういうやつだ。


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