10
柊と楢崎が相討ちとなり、
軽い気持ちで来ていた蓬莱の下っ端でさえ、今回の抗争がいかに危険なものなのかに気付く。
「こんなの聞いてないって! やばいよ、逃げるぞこんなの!」
最近グループに加入した者だろうか、見知った人間の死を目の当たりにし、恐怖に負け走り出す。
「待て! 敵前逃亡をした奴の末路は死だぞ!」
走り出した男を制止する。だが男は、制止を聞かず無我夢中で逃げる。
制止を促した男を押しのけ、その後ろから黒いローブを着た、すらりとした高身長の男が歩いて来る。
他の奴とは纏っているオーラが違う。
ぞわっと鳥肌が立つのが分かった。
恐怖という言葉をオーラで感じさせる人間を初めて見た。
ポケットに手を突っ込み棒立ちしているが、威圧感のあるオーラでまるで彼のテリトリーが見えるかのようだ。
その中に一歩でも踏み込めば、確実に殺される、そんな気がする。
「あなたが蓬莱のリーダー、天宮 真琴……ですね?」
井川が一歩前へ出る。
「ほう……。知っていて俺の喧嘩を買ったのか」
長い髪の毛で右目が隠れているその男、天宮は俺達を見下すように、顎を少し上げて睨むように言った。
「……と、その前に使えないゴミを始末しなければな」
天宮は右手をゆっくりと天に掲げる。
少しの間をあけて、静かに口を開く。
「落ちろ……」
空に黒い雲が集まり、辺りが暗くなる。
激しい閃光と大きな爆発音。
強風が吹き荒れ始め、天気が悪くなる。
雲に溜まった雷が限界に達し、俺たちの方めがけて落ちてくる。
雷を弾く体制に入るが、まるで生きているかのように方向を変えると、逃げ出した蓬莱の男めがけて飛んでゆく。
「ひッ! ああああ!!」
バリバリと激しい光と音を放ち、男に直撃した。
敵前逃亡は死。
なるほど、このグループは恐怖で支配されているらしい。
地面は未だバチバチと音を立てている。
まさか逃げただけで、本当に殺してしまうとは思わなかった。
この天宮という男は、思っていたよりもネジの外れた男のようだ。
蓬莱のメンバーが覚悟を決めた表情をしている。
「おい、何も殺すことはなかったじゃないか」
「誰かと思えば負け犬くんの赤坂じゃないか。……よくぬけぬけと顔を出せたな」
レッドナイツと蓬莱は今まで何度か揉め事があったため、昔から顔を合わせることがあったはずだ。
「それで、ジョーカーとやら。お前ら丸ごと俺達の下に入る気はないか? 俺達……いや俺とお前なら都心のブタ共も敵じゃないと思うんだが?」
正直悪くない話ではある。
軍と渡り合える力が、戦闘することなく手に入るならそれもなしではない。
今ここで戦闘になれば、多くの血が流れるだろう。
だがこの男は気にくわない。
「冗談は休み休み言え、下衆が」
「残念だ……ならば用はない。お前ら殺せ」
くいっと顎を俺たちの方へ向けると、天宮の後ろから多数の構成員が走り出す。
数は俺らと同じくらいか少し多いくらい。
武装をしていないところを見ると、恐らくは能力者、シグナルエラーか。
どんな能力を使ってくるのか分からないため、とてつもない緊張感が漂う。
誰だ、誰が最初に来るんだ……
能力がわからないのは敵も同じこと、全員が詰まる息を飲み込み、緊張感に押し潰されそうになる。
「死ね! ジョーカー!」
彼らの一団の中から、飛び出した男が手を刀のように変化させ、俺めがけて振り下ろす。
ひらりとステップでかわすと、今度は刈谷が男の前に飛び出す。
「刈谷流居合……黒霧」
「かはッ! ……くそ!」
右脇腹から左肩にかけて振った刀が、男の体に食い込み切りつける。
それがまるでスタートの合図かのように、蓬莱の異能力持ち達が一斉に動き出す。
それに合わせてストレイキャッツの精鋭たちも動き出す。
それぞれが能力を使用し、戦闘状態に入る。
交差する異能力。
交差する思考。
これが本当の殺し合い。
今までの抗争が可愛く思える。
目まぐるしく変わる戦況に頭がおかしくなってしまいそうになる。
能力により倒れ込む味方、能力の限界に達し戦線を離脱するものもいる。
俺達は異能力を恨んでいる。
こんな力があったせいで、今俺たちは虐げられているから。
だが、異能力に一番頼っているのは、俺たちなのかもしれない。
「震えているの?」
「満月……大丈夫だ。それより怪我しないように俺から離れるなよ」
リーダーである俺が動じていると味方が知れば、士気はガタ落ちだろう。
いつだって俺は、精神的にも肉体的にも強い人間でなければならない。
「それこそ大丈夫だよ、優が守ってくれるでしょ? 僕は優のこと信じているからね!」
「ここで優はやめろって言っただろ」
満月はシグナルエラーではない。
異少しばかり武術が出来るという程度なのだ。
能力を使った攻撃をくらえばひとたまりもないだろう。
逃げるように言ったのだが、ついて行くといて聞かなかったため、仕方なく連れてきた。
そういえば満月とは昔から一緒に暮らしていた。
昔から俺のことを心配し、いつだって隣にいる。
満月とは子供の頃から一緒に暮らしていた。
あれは俺がまだ七つだった時、俺は師匠と満月の元にたどり着いた。
「師匠その子は誰?」
「おぉ満月、この子は優。両親を亡くして一人でいるところを見つけたのでな、見捨てることもできずに連れて来てしまったわい」
優しそうな、どこか父親に似た雰囲気の男性。
そしてその人と話している、僕と同じくらいの歳の細身の男の子。
そういえばこの頃の俺は、自分の事を「僕」と呼んでいた。
周りの人間全てが敵に見えて、身の回りに起こる全てに酷く怯えていたと思う。
実際に怖かった。
いつか、いつか自分も親のようにあっさりと殺されてしまうのでないのか、という終わりの見えない不安に引き裂かれそうで怖かったのだ。
「よろしくね! 僕満月、柿崎 満月!」
幼い頃の満月は人懐っこくて、その時の俺は無性にそれが嫌いだった。
妙に仲良くしようとする満月を完全に敵視していた。
それでも満月は毎日俺に話しかけてきた。
俺がいくらその言葉を無視し続けても、諦めることもなく毎日。
最終的に満月の情熱に俺は負けた。
俺が満月と話すようになったのは、貧民街に来てから三ヶ月経った頃だった。
俺が自分の事は自分で守れるようになりたいと、大切なものを守れるようになりたいと、そう言うと師匠は俺に体術を教えてくれた。
その時俺は、己の弱さを知った。
満月はとても強かった。
今まで嫌いだった満月に瞬殺された。
組み合った瞬間に俺の視界は逆さになっている、それだけの力の差。
俺は満月に勝ちたくて必死に努力したが、何回挑んでも結果は変わらなかった。
そういえば、一度だけ満月の過去について聞いたことがある。
満月の強さの源を知りたかったから。
その問いに満月が答えることは無かったが、その時の彼の表情は忘れられない。
なぜなら知っているものだったから。
満月の目に映っていたのは憎しみ。
噛み締めた唇から流れた血の落ちる先は終わりのない後悔。
「何も無かったよ」
そう言ってぎこちなく笑った。
それ以上踏み込めば後には引けなくなる。
幼いながらも俺はそれを悟った。
それから俺と満月は少しずつ話すようになっていった。
好きな食べ物や色、他愛のないことを暇さえあれば話していた。
いつしか俺は満月を超えていた。
シグナルエラーは異能の力を得るだけでなく、基礎的な身体能力が普通の人よりも高かったりする。
恐らく俺が師匠の教える体術の飲み込みが早かったのも理由の一つだろう。
しかし、何よりも強い満月でさえも復讐心や後悔の気持ちで強くなったのかと思った時に、この社会に嫌気がさした。
そして俺は強くなってこの社会の仕組みを根本的に覆してやろうと誓った。
その後体術と能力の使い方を学びながら歳を取り、徐々に人を集めてストレイキャッツを創設した。