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千葉区画三十二区。
神奈川区画を出た俺達精鋭の三十人はそこで「蓬莱」の一団に出くわした。
あちらも数を絞って来たのか、思っていたよりも数は少ない。
少ないと言っても俺達の三倍程度の人数はいる。
俺達に向かい合うようにしている蓬莱の、先頭の一人が銃を構えトリガーに指をかける。
「ここがお前ら野良猫の墓場だ」
話し合いの余地はないらしい。
もっとも、あちらに話の通じるものがいるとは思えないのだが。
誰が指示したわけでもなく蓬莱の連中は銃を構える。
海から吹いた強い風が金属片を吹き飛ばした。
金属片が鉄筋にあたり甲高い金属音を発する。
その音が鳴ったのを合図に、一斉にトリガーを引く。
ゴミだめのような貧民街に銃声が鳴り響く。
マズルフラッシュがチカチカと光り、地面に当たった銃弾によって土煙が立ち上る。
土煙によって完全に視界を閉ざされたためか、撃つのをやめる。
空薬莢の落ちる音が銃撃の凄まじさを物語る。
たった数秒の出来事だったが、これだけの弾丸の嵐を食らって普通の人間ならまずひとたまりもないだろう。
そう、普通の人間なら。
今俺の後ろにいる仲間に普通の人間はいない。
土煙が晴れると同時に大きな土壁が姿を表す。さらにあたりに冷気が広がってゆく。
「能力か……ッ!」
俺の前に中平 楊泉と土昏一郎が立っている。
中平の能力は周囲一帯の大気中の水分を使い、全てのものを凍らせることができる「雪華」だ。
土昏の能力は「土遁」土や粘土、コンクリートなどを自在に操り好きな形に変形させられる。
中平は幾重にも張った薄氷の壁により銃弾の勢いを殺し、土昏は分厚い土の壁を作り出し銃弾を防いだ。
二人とも能力者の中でもトップクラスの実力者。
中平はレッドナイツで実戦経験があり、土昏は元々少人数グループではあるがリーダーをやっていた。
「皆さん無事ですか?」
「ム……」
蓬莱の連中は二人の能力の質の高さに一瞬驚きはしたものの、流石は戦鬪集団。
銃はすでにリロードされている。
そんな無能力者をかき分けるようにして、一人の男が前へ出る。
「お前ら、次が来るぞ」
「ここは私が……」
俺の返事も待たずに柊が前へと出る。
戦いたくてうずうずしている。
柊の見た目の綺麗さに目が行きがちだが、見た目からは想像できない血の気の多さを内に秘めている。
戦場に出た時の彼女からは、殺気が溢れ出ている。
柊の能力は「炎獄」。
身体中から超高温の炎を生み出すことができる。
蓬莱の能力者だろうか、迷彩柄のズボンに白いタンクトップを着た手ぶらの男がニヤリと不敵な笑みをこぼす。
「俺は蓬莱一の炎使い、楢崎 焦土! お前達の中にも炎を操るやつがいると聞いている! 俺と勝負しろ!」
楢崎とやらがそう宣戦布告するのと同時に、拳ほどの炎の塊が弾丸のように楢崎の方へ飛んでゆく。
しかし動じることはなく、同じ大きさの炎弾をぶつけ相殺する。
「蓬莱の中にも話の会うやつがいるじゃない? 私が炎獄の柊 真季! 私の炎で焼き消してあげるわ!」
楢崎が指を銃のような形に構え、指先に意識を集中させる。
「炎弾!」
人差し指の先から、まるで銃のように炎の弾が飛んでゆく。
相対する柊も手のひらを楢崎の方へ向け、十字にクロスする。
「火球!」
先ほどの挨拶程度の火力ではく、本気の火力のぶつかり合いに周囲に熱気が漂う。
漂う熱気のせいか、見ているこっちにまで緊張が伝わったのか、皆ひたいに汗を浮かべ固唾を飲んで見ている。
皆わかっているのかもしれない。
最初の一騎打ちが、いかに大切なのかを。
この結果次第ではこの後の戦況に影響を及ぼす。
ゆえに先陣を切って戦うのは、グループで一、二を争う実力者であることが多い。
柊はグループ設立当初からの仲だ。
と言っても最初から仲が良かったわけではない。
元々一匹狼の気質があった柊との出会いは、それはもう最悪だった。
目があった瞬間に戦鬪になり、俺が能力の上限ギリギリの力を使ったのは、後にも先にもそれが初めてだった。
柊も全力を出し切って俺に負けたため、それ以降はグループに入り、力を使ってくれている。
「あははははは!! 楽しくなってきたじゃない!!」
柊が両の手を開くと炎の球が生まれる。
炎の球は一つまた一つと増え、計六つの球が宙に浮く。
柊が生み出した火球を掴んで投げる。
「くッ! なんて威力だ!」
間一髪交わしたものの、一瞬前まで楢崎がいた場所に被弾した。
激しい爆音と爆風がその威力の高さを物語る。
分厚いコンクリートが抉られるほどの衝撃。
逃げ遅れた蓬莱のメンバーが数人爆風にさらされ、倒れ込んでいる。
「ほらほら! 逃げてちゃ勝てないよ!」
同威力の火球を次々に飛ばしてゆく。
その度に地面が削り取られ、隕石が降り注いだかと錯覚するほどのクレーターができている。
「バケモノめ……! だがあの規模の攻撃をするのに、何も制限がないわけがない! チャンスはある……!」
驚くべきはこの楢崎という男、手足で小規模の爆発を起こし瞬発力をあげ、柊の攻撃をかわしている。
見た目の割に器用な能力の使い方だ。
それに比べ柊は、とにかく火力で押すあまりにも雑な戦い方。
今まではそれでも勝てていたが、これからはそうもいかないのかもしれない。
柊の攻撃でたちこめる土煙に紛れて、楢崎が姿を消す。
能力は無限ではない。
体力と同じで限界の量には個人差がある。
いかに柊の限界量が多いと言っても、無駄に打ち続けるほどあほではない。
「くそ、ちょこまかと鬱陶しい! てめぇ男だろ! 堂々と真正面から戦いやがれ!」
「これで……」
楢崎は柊の左手の岩陰から姿を現し、即座に足の裏から炎を噴出し加速する。
不意をつかれた柊の反応は、コンマ何秒の世界ながらも遅れる。
それでもさすがは本能型、振り向きざまの遠心力をも利用し右の拳を振り抜く。
しかしそのわずかな反応の遅れは、後手に回るには十分すぎるだけの時間だった。
楢崎は器用に能力を扱うとは言っても、元は本能で戦っていた。
その本能が咄嗟に体を動かした。
柊が拳を握ると見るや、瞬時に逆噴射でほんの一瞬ながらも宙で止まる。
柊の右腕は空を切り、攻撃に転じていた体はもはや無防備だった。
「なッ……!」
「終わりだ!!」
楢崎の両の手のひらから、ゼロ距離で放たれた全力の攻撃は残酷にも柊を包んだ。
地形を大きく変えてしまうほどの爆発と爆風に、楢崎さえも吹き飛ばされる。
俺たちも離れていなかったらひとたまりもなかっただろう。
「柊……!」
目の前が一瞬で焼け野原と化し、立っている人影は一つもなかった。
勝てないと判断するやいなや、すぐに自爆攻撃に転じる先頭本能は恐怖すら感じる。