第九九話
できました。
漂着神、マレビト神と言われる存在は世界で広く語られている。もっとも有名なマレビト神――遠くより来る異邦人は七福神だろう。船を利用して海の向こうより訪れる福を届ける神。これは国によってさまざまな形態があるが世界を見回すと、遠くの世界より訪れて禍福は問わず影響で与える者というのはどこの国にもあり、神の国――神が住む場カミヤドリが別の世界であるのなら神とはすべて訪れる存在なのかもしれない。
――原戸 寺目『隠された信仰とその軌跡――カミヤドリを追って』
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「ここ、だね」
森を抜けた先、そこは海岸になっていた。
水平線と白い砂浜、普通であれば清々し光景だろう。
だが、そうはならない。
なぜならそこかしこに蠕動する肉塊が生えているからだ。
「なんだこれ……」
今すぐ動く様子はないが気色悪いのでふたばを地面にはおろさない。
アンは少し周りを観察してうなずいた。
「ここはユピテルの影響は特に低い、ただ逆にビーナスの影響が強いね」
「……安心できないな」
そもそもここの目的がよくわからない。
「まぁね、ただユピテルの空間をここまで侵食するんだからまず間違いなく本体が来る」
「……本体、ね」
という事はここがビーナスとの最終決戦になるかもしれない。
「逃げるか」
「そうしたいんだけどさ」
と言った時だ。
海面が泡立ち巨大な二枚貝が出てくる。
そして異常なのがその大きさだ。
人一人どころか象でも入ってそうだ。
造形はシャコガイのようだが大きさがけた違いすぎて現実感はない。
「もう無理、かも」
何かを引き裂くような音がして貝が割れる。
開くのではなく物理的に破壊されたことに対して目を見開く。
中から出て来たのは異様な存在だ。
金色に輝くつるりとした人型だ。
「ア ァ?」
と呻いている。
大きさは明らかに貝の体積を超えている。
きっと中の容量が足りなくて破壊してしまったのかもしれない。
顔らしき部位の中心がくぼみレンズのような物が浮かぶ。
それはじっとこっちを見て――
「オォ」
と視線を外した。
ノシノシどこかに歩いてゆく。
「……何が起きた?」
「そもそも私たちが標的じゃないから」
考えてみれば早乙女が狙ってきたのであって、ビーナス自身は俺たちを襲う理由なんてないのだろう。
一瞥もくれず去って行く。
「追いかける?」
「なんでだ?」
「ユピテルには勝てないだろうけど、そこで絶対に隙ができるからね、そこを狙って退避する」
確かにそれが楽だろう。
なので俺はうなずく、が視界の端におかしなものが見える。
「なぁ、アン? あれ……」
指をさす。
その先にはいないはず――もういなくなったはずの人間がいる。
「早乙女だ」
頭から上は間違いなくかつて見た早乙女だ。
だがその首から下がおかしい。
極端に起伏が少なく、性別がわからない。
そして体毛に当たる部分もほぼなく、唯一は眉やまつげ程度だ。
「……こっちが相手になるっぽいね」
と言いながら俺たちをかばうように一歩前に出る。
俺は邪魔にならないように下がる。
そうしている間におぼつかない足取りで早乙女はやってくる。
「みぃつぅけぇたぁ」
水音が混じる声は異常に生理的嫌悪感をあおる。
対するアンは拳を構える。
「きて」
「うぅん」
という声と共にノーモーションで腕が伸びてきた。
それに対してアンは横に払った。
狙いがずれたその攻撃はそれた先の岩を簡単に粉々にした。
「つぅぎぃ」
逆の腕が伸びる。
それに対してアンは真正面から蹴る。
するとその腕はゼリーのようにバラバラになった。
「強度自体はあんまりないね」
粉砕されたその断面は一様にピンクで、骨や血管に当たる物はないようだ。
また全然動じていないことから痛みもないようだ。
「うぅひぃひぃひぃ」
引き戻した腕を一振りすると複数に分裂肥大化した。
振り上げたその腕は自動車を叩き潰せそうなほど巨大だ。
「遅い!!」
振り下ろさせるその一瞬前、そんな声と共にまっすぐ突っ込んだアンの攻撃が入る。
その蹴りは胴体に大穴を開ける。
そこもまた臓器があるように見えない。
普通なら致命傷だろう。
が早乙女はニタニタ笑いながら――
「ざぁんねぇん」
とねっとりと話しながら、断面からナニカが爆発的に噴き出す。
それは――
「顔をそんなに出すとか、本当に気持ちの悪いやつだ」
と、避けながら後ろにジャンプしたアンが吐き捨てるように話す。
そのあいだも植物が成長するように腕や顔を次々に生やし続ける。
「あぁはぁはぁ」
グチャグチャという水音が混ざる笑い声をあげながら早乙女はドンドン枝分かれ肥大化していった。
明日も頑張ります。