第九八話
できました。
「さすがに情けなく感じて来たんだが」
「はは、気にしない気にしない、体の強化がされている私が二人抱える方が理にかなってる」
そんなことを言われながら抱き合がえられている中を進む。
そんな俺はふたばを腹の上に乗せるようにして抱き上げている。
ふたばまだ目覚めていないので誰かが押さえていないといけないから俺が抱き上げている。
そんな妙な形で先に進む。
「……と、厄介なのがいるね」
アンが足を止めて身を低くする
アンの視線の先は泡立つ肉塊から直接スラリとした足が生えている物体だ。
あまりにもアンバランスでいっそシュールだ。
「静かにしてれば通れるはずだから」
「わかった」
と言っても移動は全部任せているのでただ黙っていればいいので楽だ。
だが、アンは逆に近づいていく。
その行為に驚く。
が、任せている身なのでそれだけにとどめる。
「今なら少し話しても大丈夫」
「……なんで近づいてるんだ?」
醜い溶けかけたような肉をユラユラと揺らしながら歩き回る何かがいる。
体全体を振動させてうめき声に近い音を立てながら何かを探しているようだ。
「ちょっと降りて」
「ああ」
うなづいて、ゆっくりおりる。
ふたばを抱き上げたまま、アンからは腕を組まれて接触しながらさらに近づく。
「うーん」
アンはごく自然な動作で肉塊に手を突っ込む。
そして抜き取った物をじっと観察している。
「ちょっと肉の質がおかしいね」
「肉の質?」
「なんというか少し脆すぎる」
と言って開いた手から落ちたのは泥のように崩れる肉だ。
その直前までは粘液にぬれた非常に生っぽい物だったのにも関わらずだ。
「まるで栄養がない土みたいだな」
「……多分その認識で合ってる、大本から偵察用に株分けされたもの、だから中身は栄養が足りずにスカスカになってる」
「で、曲がりなりにも自分だから何か起きたらすぐわかると」
「そういう事」
その言葉を聞いて疑問に思ったことを聞き返す。
「ならこうやってえぐるのはまずいんじゃ?」
「でも」
と言ってどこかを指さす。
そこには俺たちを案内していたのっぺらぼう達が肉塊を攻撃しているのが見える。
「ああやって倒されているのもいるし大丈夫」
「ならいいけどよ」
そんなことをつぶやきながら再度抱き上げられる。
歩きながら現状を話し合う。
「早乙女とユピテルは別勢力で襲ってきている」
「だろうね、聞いた話だとどう考えても頭のおかしなストーカーでしょ、誰かと協力するなんて無理でしょ」
そう切って捨てる。
その意見に確かに同意できるが、そうなると奇妙な点がある。
「だとするとどうやってこの空間に入った?」
「……ああそうか、ここには陽川ですら砕いて乗り込めない領域なのか」
合点したのかアンも考えている。
「素直に考えるとわざわざユピテルが取り込んだってことでしょ」
「ならなぜ? って思うな」
「だよねぇ」
まるで怪物を放したような感覚だ。
「というよりまさに怪物を放流したのかもな?」
「というと?」
アンからのその言葉に一つだけうなずいた後で考えを話す。
「まず早乙女はふたばに執着しているから、ふたばを同時に取り込んでおけば特に出歩くことなく静かだ」
「なるほど、そしてふたばの存在に気付いて助けた奴を自動で追いかけさせると」
ああ。
と返事をする。
そこでアンからさらに言葉が来る。
「だとすると、最初から逃げる事は想定していたってこと?」
「あ、そうか、そうなるのか」
と悩みだす。
「……もしかしたらユピテルが私にヘルメスの因子を入れたように、ふたばにビーナスの因子を入れようとした?」
「逃げるとかそういうのとは別に、か」
俺の言葉にアンは軽くうなずく。
確かに全く別のつもりで取り込んで、結局なってしまったというならおかしい事はないと思う。
「今暴れまわっているのは頭が悪いからかもな」
「まぁ、正しく脳なしだしねー」
と、アンが言った言葉に思わず軽く笑ってしまう。
「辛辣だな」
「乙女の体をベタベタにした罪は重いよ」
今まで努力して意識していなかったことを言われてついトーンダウンする。
「あ、ぁぁ」
濡れて体に張り付いた衣服は豊かな起伏をまざまざと表していた。
ついその光景を思い出し、少し顔が熱くなる。
「私の時となんか違くない? わたしも結構きわどい格好してなかった?」
と俺をからかうような表情で言ってきた。
「やっぱり大きい方が良いの?」
とクスクスと笑っている。
からかわれている感覚はある。
が、一応まじめに返す。
「何というか俺の性別違いって意識が強くてあんまり」
「だろうね」
と笑いながら、少し開けた場所が見えた。
「あそこからなら裏をかけるか場所に潜れるかも、ちょっと揺れるよ」
と軽い注意と共に一気に加速していった。
明日も頑張ります。