第九六話
できました。
「ぁ ぅ――」
明らかに致命傷の背中から胸への貫通をおこなわれてアンはふらつく。
その口からはとめどなく赤い液体がこぼれる。
「アン!?」
慌てて駆け寄ろうとするが何かに背後から地面に押さえつけられる。
「じっとしていたまえ、大谷少年」
と威厳のある声で言われる。
何かができるわけではないがそれでも近づこうとする。
そうして思わず叫んだ。
「子供じゃないか!?」
「そうとも、こうやって使うために生まれた」
さらりと言われて思わず固まる。
次に俺の口からでた言葉は自分でも驚くほど低く沈んだ声が出た。
「じゃあ、なんで起こしんだ、悪趣味過ぎる」
「必要な事だからだ」
そんな風に話している間にアンの体は内から光に組み変わるように、花が咲くように崩れる。
その後硬質な音がしてゆっくりと形作られる。
「ふふ、ヘルメスが生まれますね」
「あぁ」
と二人はすでにその気のようだ。
その後数呼吸もしないうちに光が収まる。
視線を上げると造形に大きな変化はない。
が、瞳の奥には火のように閃く光がある。
その髪も常に風にそよぐように見える。
「――」
アン――ヘルメスはユピテルに向かい膝をおとし忠誠を誓うように頭を垂れた。
「間に合ったな、さてその身に宿る力はわかるな」
「はい」
と手短に答えた。
その声にはアンの要素はもう残っていないように聞こえる。
脱力する。
短い間だったが知り合いがいなくなるのは胸にぽっかりと穴が開いたようだ。
「よし、行くぞ」
とユピテルが俺を長こむのをやめた時だ。
不意に誰かに手をつかまれる。
相手は――
「へ、ヘルメス!?」
「舌噛むからしばらく黙ってて」
というが早いか、虚を突かれたユピテルとヘラの隙をついて後ろに跳んだ。
バク転をするように地面に向かって飛び降りる。
そのまま行けば頭を地面に強打するはずだが、するりとすり抜けた。
手を引かれた俺もまたそのまま地面に飛び込んだ。
床の中視界が通らないはずなのになぜかアンが黙っているようにお願いしてきたことがわかる。
俺は小さくうなずいて身を任せた。
「到着っと」
そう言って出て来たのは最初の中央にため池がある部屋だ。
「……アン、だよな?」
「そう、最初不安にさせてごめんねー」
と親しみやすい笑みを浮かべてケラケラ笑う。
その様子は間違いなくアンだ。
すると唐突に顔色を悪くする。
「ぅ――」
「大丈夫かアン!?」
そう聞いている間に滲むように均整の取れた体を持つ誰かに変わり始める。
体型からすると男だ。
おそらくこれがヘルメスだろう。
その目は俺を恨むような光を持っている。
「っ!?」
離れるべきだという警告が本能的に浮かぶが、無視をして手を握る。
すると、また崩れ始める。
「いい加減あきらめろっての!!」
と叫んでアンに変わる。
続いて胸に右腕を突き込んで誰かを引きずりだす。
少女よりも大きな青年が生まれてくるのはかなり異様な光景だ。
引きずり出された青年――ヘルメスは驚愕している。
「人間なめるな!!」
と叫んで腕に魚のような鱗が生える。
そのまま飛び込んだ。
ヘルメスの体にアンが飲み込まれたように見える。
「ア――」
ヘルメスは苦悶の声を上げて身をよじる。
胸をかきむしりもがくがそこまでだ。
砂に水が吸い込まれるように消えてゆき、残ったのはアンだ。
「よし勝った」
「何が起きたんだ?」
疑問を向けるとアンは説明を始める。
「簡単に言うと体の主導権を取り合ってた、最後は力づくで引っこ抜いて逆に力を使って中に飛び込んだ」
さらっと言われたので聞き返す。
「それでなんであんなに苦しんでいたんだ?」
「自分の体の内側に潜り込む事ってできると思う?」
そこまで言われてようやく気付く。
「そうか体の主導権を握っていたときに、どうやっても手を出せない場所に逃げ込まれたわけか」
「そういう事、そうなったらコップの外に出された水みたいなものだから消えるしかない」
と言っている間に体の調子を確認したようだ。
「よし、これで逃げられるよ」
「そういえばさっき言っていた能力ってなんだ?」
「ああ、泳げるってこと、そしてヘルメスも取り込んだから次元間だろうと泳いで渡れる」
「さらっとスゲーこと言ったな」
俺の言葉にどこか自慢げな表情を浮かべる。
「でしょう、ヘルメスが弱まっていたのと、なんだかんだでユピテルとヘラが自ら作ったのも関係していると思う」
そこまでいって少しまじめな顔をする。
「ともかく逃げるにしてもふたばちゃんも助けないとね」
「フタバもここに捕まってるのか」
「そうみたい、フワッと感じる」
アンはそう答えてじっとどこかを見回す。
おそらく渡ることができる能力を使って隅々まで見ているのだろう。
そうしてある一点を凝視する。
「見つけた、拘束はされてないけど、うーん何されてるの?」
首をひねりながら俺を見る。
その後、二人でうなずきあう。
「行こうか」
「正直私は初対面なので対応はお願いね、いきなり私が話しかけたら多分パニックするだろうし」
「りょーかい」
と二人で会話しながら手をつなぎ、二歩踏んで地面に飛び込んだ。
明日も頑張ります。