第九五話
できました。
「化けたなぁ、最初誰かと思った」
相手に向かってかなり無礼なことを口走る。
がその言葉を向けられた方はカラカラと笑いながら同意してくる。
「私もそう思った、鏡に映る私がどんどん変わっていって驚いたよ」
アンだ。
どこかの部屋に到着後すぐに案内した存在に連れていかれて、俺は椅子に座って待っていた。
それほど時間が経たずに戻ってきたアンはさっぱりとした格好になっていた。
長すぎた髪はきれいに切りそろえられて、活動的なポニーテールに結い上げられている。
前髪もしっかりと整えられて、形のいい眉と鋭利な眼が印象的な少女になっている。
格好はなぜかウチの学校の制服だ。
そうしてユピテルかヘラのどちらかが来るまで適当に雑談していたらさっきの言葉が出た。
「それにしても他人には思えないな」
「だねぇ、そんなに人生経験ないけど多分君ほど気楽に話せる人間いないと思う」
最初はここについてを二人で話していたが、段々と俺がここに来るまでの話に移った。
そして学校でのことや名前こそ出していないがここのところ巻き込まれていることについて話した。
そうしているうちに打ち解けて互いに隣り合って座り、軽口をたたくようになった。
「それにしても君、運だけで生き残ってきた感じだよね」
「言えてる、なんだかんだで俺を気遣ってくれる存在が多くてな」
それこそこの状況ですら、ユピテルかヘラのどちらかが気まぐれを起こせばそれで終わる。
そんな薄氷の上にいる危うい立場だ。
だが何もできないので流れに身を任せるしかないのだ。
「そういう私もなんで生まれたのか全然心当たりないんだけどねぇ」
とため息をつきながらぼやいた。
そのどことなく投げやりな表情はなぜか少しだけ大人っぽく見えた。
「遅れてごめんなさいね、仲良くしていたかしら?」
という声が聞こえたのでそちらを見る。
そこにはヘラとユピテルがいる。
ヘラはユピテルに横抱きにされてどことなくつやつやしている。
それに反してユピテルはどこか肌艶が悪い。
全体的にしぼんでいる気がする。
「……何があった?」
疑問を向けるとヘラが照れたように顔を赤くしながらくねくねしだす。
「それは、そのぉ、ふふっ」
と笑ってごまかしに入る。
するとユピテルが重々しい声でつぶやく。
「絞られた」
俺はそれで何となく察した。
二重の意味で絞られたようだ。
「?」
たった一言のその言葉にアンは首をひねる。
あえて何も言わずスルーする。
するとヘラは俺とアンの座っている位置を確認して笑みを浮かべる。
「もう仲良くなったんですね、流石同一人物ですね、切られた足がありましたよね? あれからつくりました」
「は?」
二人で同時に同じ反応をした。
しかし、俺はさらに先を続ける。
「待て待て、俺とアンそもそも顔の完成度が違うし、性別が違う」
俺の言葉に苦笑に近い笑みを浮かべながらヘラが答える。
「まず顔の件ですけど、性別が変わった理由と関係があります、全く同じ存在を作るより別の可能性を再現した方が楽なのと、曲がりなりにもわたしたちの仲間になるはずですからね、どうせならかわいい方がよくないですか?」
そこでヘラはさらに言葉を続ける。
「それに娘として設定すれば良人に色目使わないですし」
とかなり底冷えする声で言った。
「……なんというか、娘からまじめに拒絶されるってかなりこころにくる」
若干哀れなほど落ち込んでいる。
が、アンはまた半目で見て、斬り捨てる。
「パパ、慰められること期待してるよね」
「……本当誰に似たんだが」
そしてアンの視線は俺に向けられる。
ふとそこでかなり妙なことになっているのでさすがに情報をまとめる。
「ええと、俺の切り取られた足からヘラとユピテルが手を加えて生まれたのがアンだよな」
「そうだね」
とアンがうなずいた。
そうして視線を向けながら話す。
まずはユピテルだ。
「パパと」
ヘラに視線を向ける。
「ママ」
「お姉さんね」
と即訂正が入った。
俺とアンで顔を見合わせてスルーすることにした。
そこから先は俺が受けることにする。
「で……俺はなんだ?」
「……素体?」
とアンに言われてお互いに軽く頭をひねる。
が、考えても結論が出ないことなのでそこまでにしておく。
「それにしても俺――でいいのか? ともかくさっきも話していたが仲間になっても何もできないと思うが?」
代わりに送り込むにしてもさっきも言った通り外見も性別も違う。
人間ではないガーガたちはもしかしたら騙せるかもしれないが、さすがに陽川は無理だ。
なので疑問に思っている、ヘラが薄く笑みを浮かべる。
それは今までと違い、上位者が何かをもてあそぶときに浮かべる笑みに近いように思える。
それを見て思わず震えあがる。
しかし体は反射的にアンをかばうような位置に動く。
「それです、大谷君、君は何度も死にかけるうちにどこか狂い始めています」
地面に降りてこちらにゆっくりと近づきながら語りかけてくる。
後光がさしたようにまぶしく感じ目を細める。
「それはある種の蛮勇です、その蛮勇を持つ者に能力が備わって偉業を成し遂げます」
「……」
逃げ道を考える。
ヘラが進んでくることがだんだんぼやける。
しかし、思考は加速しヘラの進行方向見える。
が――
「私を忘れたか?」
そんな声が耳に飛び込んできてようやく気付く。
アンの胸からなにか光るモノが生えている。
さらにその向こうにはユピテル。
「アンッ!!」
「ぁっ、ぁ……」
空気が漏れるような声と共に鮮血が口から零れ落ちた。
明日も頑張ります。