第九四話
できました。
「話って言っても……」
と言ったところでふと疑問が浮かぶ。
「そういえばなぜ俺を呼びだしたんだ?」
そもそもそこからだ。
あの段階から少しで事が完成するなら静かにやっておけばよかった。
なのにわざわざ絡んできたのはおかしい。
その質問に対してユピテルは返事をしてくる。
「ヒュプノスとは相性が悪いからだ、気づいているかもしれないがそちらの認識でいうところの結界を我々は張れる」
解説が始まったのでおとなしく聞き始める。
こういう解説はなかなかなかったので耳を傾ける。
「この結界だが、後から張った方が上書きされる、基本的にはだがね」
「ならガーガたちも上書きできるんじゃ?」
その質問に首を横に振った。
「基本的には、つまり先に張った方が圧倒的に巨大だと中から弾ける、そして今ゆっくりと拡大しているように普通は相手にならないほど巨大なのだ、ただしヒュプノスは夢をつかさどり、とてつもなく巨大な容量を持つ上書きされたら何もかも終わりだ、だから先に展開させた」
「へぇ」
と何となく返事をしておく。
それを何となくわかっているのか、ユピテルは愉快そうに笑っている。
「そしてアレだ」
と言って虚空の亀裂を指さす。
その表情はどこか楽し気だ。
と言ってもその顔のせいか獣のように獰猛な笑みに見える。
「存在しないものを壁として当ててくる相手、ただの身一つでヘラに一杯食わせる人間など想定外ばかりで心躍る」
「普通逆じゃないか?」
笑みを浮かべたまま首を横に振る。
「長い間存在していると想定を上回ってこられることはそうそうない、思い通りになる事ばかりならこれほどつまらない生もない」
「たとえ失敗するかもしれなくてもか?」
そんな俺の言葉にユピテルは即断する。
「そうとも、失敗するかもしれないから力を振り絞るのだ」
内心厄介だ。
と思う。
何となくだがユピテルは本当に規格外の存在なのだと思う。
手勢もいて無駄に激昂することもなくどっしりと構える。
「そうそう大谷少年、君に会わせたい存在がいるんだ」
と言って立ち上がる。
慌てて俺もたちがりついて行く。
そうして内装をじっくり見ると、どこまでも静かな空間だ。
神殿のような柱が並び、緩やかな陽光のさす空が見える。
歩く硬質な音はなにも邪魔されることなく響いていく。
そうしてどれくらい歩いただろうか?
ふと気が付くと部屋の前に立っていた。
扉もないその部屋の中に入ると教室程の大きさだ。
その中心には大理石で作られたようなため池がある。
大きめのベッドほどのサイズで人が二人位余裕で納められそうだ。
溜められた液体は波紋一つ立つことなく静かだ。
「なんなんだ? これ?」
「静かに、そろそろ来る」
と言っている間に水面にさざ波が立つ。
それを息をひそめて俺は見ていると。
向こうから誰かが浮かんでくるようだ。
水面の中央付近に浮かび上がったのは――
「え? 女!?」
年頃は俺と同じくらい。
着ている物は薄手の簡素なもので水で体に張り付いている。
豊かではないが均整がとれているという印象を持った。
髪は今まで一度も切られていないように伸び放題で身長より長い。
髪色は黒だ。
「こ――」
とせき込むように口から水を吐き出した。
だから思わず近づいて背をさする。
「ふぅ……ありがとう」
とこっちを見て礼を言ったが、髪に邪魔されて顔がよく見えない。
だから、相手は前髪をかき分けるようにして顔をあらわにして今度こそ礼を言った。
「ありがとう、助かった」
「お――ぅ」
返事が思わず不自然になる。
目鼻立ちはすっきりとしていて、若干鋭すぎる目つきだ。
そして何とも言えない既視感を感じる。
「ようやく来たか、アン、さぁパパの腕に飛び込んでおいで」
鷹揚に腕を広げ、アンと呼ばれた女子に一歩近づく。
すると、アンはというとなぜか俺の後ろに隠れた。
それを見てユピテルは本気で驚いた表情をする。
「な、なぜだ、アン!? これが反抗期という奴か!?」
それほど長く付き合っているわけではないが今までのなかで一番うろたえている。
そのことが面白いので笑っていると、アンは素早く切り捨てた。
「ぱぱ?の目つきいやらしい」
「!?」
ユピテルは膝から崩れ落ちた。
それと入れ替えにヘラが慌てて駆け込んできた。
「アン!! ことと次第だとただじゃすまないで すよ?」
と尻すぼみの声をかけてきた。
正直かなり妙な状況だと思う。
崩れ落ちるユピテルとアンに盾にされた俺。
それを見てヘラは安心したように笑う。
「とりあえずアンは使用人に任せますからくる人と一緒に別のところに向かって、良人はわたしに任せて」
「お、おぅ」
とうなずいて待っていると、のっぺりとし質感の立像がやってきた。
手足はなくピクトグラムのように見える。
それは俺たちの目の前に来ると、来た道を戻り始めた。
ついてこいと言っているようだったのでビクビクしながらついてゆく。
「……」
「……」
お互いに無言でついてゆく。
ただ、アンはあまりに長すぎる髪のせいか歩きにくそうだ。
とうとう自分の髪を踏んで転んでしまう。
だから慌てて抱き留めて、抱え上げる。
「歩きにくそうだからこれでくぞ、できたら髪を全部引き上げてくれ」
「あ、うん」
とあっさり了承して、引きずっていた髪を全部引き上げて腹の上でまとめた。
まぁしばらくなら問題ない重さなので少し先に進んでしまった案内役を慌てて追いかける。
そうしてふと思うのは、コイツが誰なのかという事だ。
そんあ答えが出ないことを考えながら駆け足気味に追いかけていった。
明日も頑張ります。