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第九二話

できました。

 ありえない光景が見える。

 八本の手脚による攻撃は床や壁を丸ごとミキサーにかけていくように砕いていく。

 そこまではまだわかる。

 が――


「なんでこの蟹、前に進んでいるんだ?」


 蟹の固定概念を破壊しに来ているのでさすがに疑問をぶつける。

 するとヘラは一言で返してくる。


「気合です、そもそも蟹は体の構造的に前にも進めないこともないので」


「気合……」


 と絶句している。

 ヘラの顔には余裕がある。

 ヒュプノスは受ければ爆ぜるような攻撃を前にただ後ろに下がることしかできていない。


「この蟹を片手間で下したへラク――とにかく英雄のすごさがわかりますねぇ」


 と普段より言葉が多く話している。


「あの英雄の名前を出さなかったのは正解ですよ、ちょっと我慢ならないので」


 と言いながら立っている蟹が前に加速する。

 攻撃に使用している脚が減るのでおそらく攻撃密度が減ったはずだ。

 が、硬く大きいモノの体当たりはそれだけで凶器だ。


「よいしょ」


 と、ヒュプノスは一瞬の隙をつき何かを蟹の口に突っ込んだ。

 かなり硬いものなのかバキバキと音がして口をこじ開けて入った。


「変なモノを食べると危ないですよぉ」


 とどこかのんびりした口調で跳んで離れる。

 同時にくぐもった破裂音が響いて、生臭いにおいが満ちる。

 そして液体がこぼれたような断続的な音も聞こえる。

 見えないが口周りが吹き飛んだようだ。

 同時に赤い金属の破片――元消火器がばら撒かれる。


「学校の備品を勝手に拝借するのはちょっとお行儀が悪くないですか?」


「緊急時ですからねぇ」


 ヒュプノスはしれっとそう答えた。

 普通なら大けだろうが、蟹は傷を意に介さずさらに攻撃を仕掛けてくる。

 それどころか急速に治っているのかこぼれる液体の音が急速に収まっていく。


「さてさてがんの語源はしっていますか?」


「キャンサー、蟹ですよねぇ」


 と答えるとヘラは不満げにつぶやく。


「合ってますけど、解説をとらないでほしいですよ。」


「余裕がないので、あきらめてくださいねぇ」


 その言葉に対してヘラは咳ばらいを一つして気を取り直したように話始める。


「ともかくその語源のとおり、全身ががんのように無尽蔵に増殖する細胞でつられています、簡単には倒せませんよ」


「……厄介ですねぇ」


 と少しだけ表情を険しくして話す。

 それに対してヘラは薄く笑う。


「さて、あとどれくらい頑張れますか?」


 そこで今さらだが違和感を覚える。

 簡単に言えば戦う理由だ。

 手を引けと言われて、断ったから襲って物理的に再起不能にしたいというのは筋が通っているように思える。

 が、それなら俺を人質にとるはずだ。

 だが実際には俺は蟹の甲羅の上で特に拘束されず危険が及ばないような位置に置かれている。

 どう考えても不自然だ。


「なにかあるな」


 思いつきに近いが邪魔だから排除する程度の単純な話ではないはずだ。

 そしておそらくユピテルからの刺客とは別に考える必要がある。

 同時にユピテルからの刺客も含めた同じ軸を持った襲撃である可能性も考える。

 なぜか二つの矛盾した考えを検討しだす。

 視界が急激に狭まるのが感じる。

 外からの音も意味を持たなくなる。


「大谷君の様子がおかしいんですけど、なにをしたのヒュプノス?」


「わたしも知らないです」


「え?」


 どちらにしても大切なことはヘラがなぜ俺を保護し、ヒュプノスに攻撃を加えているかだ。

 いくつかの考えが浮かぶが、一番単純な考えは足止めだ。

 この状況ならヒュプノスは逃げる事ができないし、俺もまたここを離れることができない。

 戦力として数えるなら正直なところヒュプノスですらそこまで高くない。

 なら戦力を削りたいのではなく、情報をどこかに持ち込まれることを避けたいという事だ。

 それこそ数時間、ことによっては十数分遅らせたい。

 やっているlことは派手だが、逃げてからは息つく暇なく立て続けの襲撃で結局げ惑ってるだけだ。

 特に四人の刺客はユピテルの能力なら使いつぶしても惜しくない戦力だ。

 そして何らかの情報を伝えるべき相手はガーガ、もしくはセレネだ。

 連絡先を知っているのはガーガなのでガーガに電話をかければそれで済む。

 伝えるべき情報もほぼ間違いなくユピテルの件だ。


「……面倒なことを考え付いた顔をしてますね」


「大谷君は死にかけて何度も何度も走馬燈じみた思考を行ってますからねぇ」


「わざとなら慈悲深いけど自分勝手ですね、偶然なら無思慮ね」


 ここでスマホを取り出して電話を掛けたらばれるだろう。

 そうしたらヘラはどう出るだろうか?

 殺しに来るだろうか?

 おそらく殺しには来ないだろう。

 殺したならヒュプノスは本気で逃げて計画は失敗する。

 なら答えは簡単だ。


「ヒュプノス、ヘラ」


 フワフワとしたまま、うすぼんやりとした認識のままヒュプノスに話しかける。

 ポケットの中で素早くスマホを操作して助走する。。


「頼んだ」


 それぞれに別の意味を込めた同じ言葉を向けながら数歩で踏み切った。

 そうするのがおそらく一番目的にかなうからという理由で気負いもなくヘラの脇を超えるようにして跳ぶ。


「っ!?」


 ヘラは慌てて俺の首根っこをつかんで止めようとしている。

 前に出たら大蟹の攻撃にさらされてすぐに俺の体はズタズタにされるからだ。

 ここまでは何となくわかっている。

 ヘラは俺を殺したくないと思っている。

 それはおそらく正妻の矜持に近いものだと思う。

 妾と呼んだ四体は俺とヒュプノスを殺すというかなり暴力的な目的をもって暴力を行使した。

 なら正妻であるヘラはその妾より格上と思える方法で目的を達成させたいと考えている可能性がある。

 でないと非効率的な俺を安全な手元に置いて人質にしないという行動はしない。

 考えてみれば主神の正妻という誇りがあるならば人質など使わず実力で抑え込もうとするだろう。


「ああ!! もう!!」


 体格的には俺の方がでかい。

 だからどうしても抑えることに手いっぱいになる。

 おそらく少しは体勢が崩れているはずだ。

 その間、抑え込まれるまでに取り出したスマホを投げる。

 そこにはガーガの電話番号が浮かび、後ワンプッシュでガーガに連絡をつけることができる。


「なるほどぉ」


 スマホを受け取ったヒュプノスは踵を返して全力で逃げ始める。

 勢いを殺しきれずに体が甲羅の上で流れて――


「ぐっ!?」


 何かに潰されたような音が聞こえ、左の膝から先の感覚が消失した。

明日も頑張ります。

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