第七四話
できました。
地響きを立てて倒れる早乙女。
それを背景にどこかヒュプノスが笑いかけてくる。
返り血がついているのでめちゃくちゃ物騒に見える。
「すこーしやりすぎたかもしれませんね」
倒れた早乙女はピクリともしていない。
今までやってきたことを思えば全く同情できないがこのまま死ぬんじゃないかと心配になる。
「これ生きてるのか?」
「脳震盪を起こしただけだと思いますよぉ」
と言っている間に体が跳ね上がる。
その目は虚ろだ。
明らかに今までの空気が違っているのでさすがのヒュプノスも身構える。
「うらうああぁぁっ!!」
とその瞬間跳んで逃げた。
一瞬なにが起きたのか理解できないでいるとヒュプノスは構えを解いた。
その顔には余裕の笑みすら浮かべている。
「おそらく最も大切な部分に攻撃を受けたからですね」
「……顔がか?」
おれのその言葉にうなずきながら追いかけ始めた。
ここに居ても危険なだけなのでヒュプノスの後を追いかける。
「顔と性別にコンプレックスがあったのでしょうね」
言われて思い返せばそんなことを言っていた。
といっても妄言に近いあの言葉をどれだけ信用するのかという話でもあるが。
「行動が支離滅裂だな、その場の勢いで動いている気がする」
「ビーナスに強く影響を受けていると思いますよ、変わることへの異常な肯定は一貫性のある思考を阻害しますから」
その言葉を聞いて少し考える。
確かに言動を考えるととりあえず目先の事を何とかするしか考えていないように思える。
目的も手段も行き当たりばったりで警察官が踏み込んできたときもさっさと巨大化するなりなんでも方法はあった。
が、何となく取り繕って協力を要請させて無駄に被害が増えた。
……いや、俺が増やさせてしまったのだろう。
妙なことを考えずもっとシンプルな方法を――
「えい」
と鼻先に軽い衝撃を感じる。
どうやらヒュプノスがつついたらしい。
それで思考が一旦止まった。
「何を考えているかは分からないですけど、あまり深く考えすぎてもいけませんよぉ」
「……」
内心を言い当てられた気がして押し黙る。
そんな俺を見てヒュプノスがふわりと笑みを浮かべる。
「何を行ったのかは分からいですけど、手に負えないと思ったら誰かに相談することも大切ですよ」
「相談できなかったら?」
そこで少しだけ考えて、その後いつものように話始める。
「それこそ抱え込むべき問題じゃないですね、物理的に相談できないなら話は別ですが様々な問題は適切な場所に情報が上げられていなかったりすることがおおいですからねぇ」
「……」
そのままコロコロと笑いながら目は周囲を警戒している。
逃げた方向を探っているのだろうか?
「届かない理由は握りつぶされていたり、そもそも誰も気づいていなかったり様々な理由がありますけどね」
「今回はその物理的に無理だったパターンなんだがな」
向かう先を見つけたのかヒュプノスは方向転換して歩き始めた。
それについて行くと、前から言葉が飛んでくる。
「誰もが完璧な動きができるわけないですし、落ち度についてはあとから考えるしかないですからいまは追いかける方に集中しましょうねぇ」
「ああ」
と顎を引くようにして頷く。
そうやって追いかけているとボコボコになったトラックが転がっている場所に出た。
内側から引き裂かれたようにひしゃげている。
そこから誰かを取り出した。
手に握られたのは最初に乗り込んできた警察官だ。
見るからに虫の息で息も絶え絶えだ。
それを示して一言。
「見逃せ」
「良いですよ」
と間髪置かず返事をした。
とっさに何かを言おうとするが断ればミンチが出来上がりそうだと気づいて口をつぐむ。
「?? にがせといったんだが?」
あまりにすぐ受け入れられたので早乙女自身すぐに信じることができなかったようだ。
そのためなのか確認するような言葉を口にした。
それに対してヒュプノスはいつもと変わらない様子で返した。
「ですからいいですよ」
人質の警察官とヒュプノスを何度も見比べて。
ヒュプノスに向かい投げこんできた。
同時に襲い掛かってくる。
その顔は先ほどまでのように普通の人間の顔ではなく、虫のような顔になっている。
顔の弱点を無くしたのと、邪魔になる警察官を放り投げたことことからうまく戦えると踏んだのだろう。
が、それに対してヒュプノスは相変わらず自信ありげに立っており、前に出て受け止める。
「と、ありましたね」
そうして警察官の腰から拳銃を引き抜いて連射する。
同時に早乙女が怯み顔面をおさえる。
その指の間から血が流れ出ている。
抑えた位置からすると目なのだろう。
目に銃弾を受けて痛がる程度で済んでいる方は十分以上だが。
そこを撃ちぬいたヒュプノスも異常だ。
警察官をその場に落として、警棒を引きぬいて痛がる早乙女の体を駆け上がり。
警棒を片手に一言いった。
「逆ももらいますね」
全力でぶつけ何かが弾ける音がして警棒が刺さった。
離れる前にその柄尻をヒュプノスはけり込んだ。
板に釘が刺さるように警棒が深く突きささった。
「えっぐいなぁ」
その攻撃をみて俺が思わずつぶやく。
とうのヒュプノスはとどめとばかりに首を抱えて――
「よいしょ」
軽い掛け声と共に一八〇度回転した。
同時に鈍い破砕音が聞こえてきた。
音の出どころである早乙女は首がねじ曲がった不自然な体勢で崩れ落ちた。
明日も頑張ります。