第七三話
できました。
「今は難しいって……」
何とか絞り出せたのはそんな言葉だった。
もうすでに死人が出ていてもおかしくない状況だ。
あまりのセリフにさすがにあきらめに近い感情が浮かぶ。
が、ガーガから慌てた様子で返事が来る。
「いや、ガーガが直接手助けするのは難しいというだけだ」
「誰か助けが来るってことか?」
その質問にガーガは力強く同意した。
一体誰なのかを考えていると、聞いたことのあるエンジン音が聞こえる。
そちらを見ると――
「まだ間に合いそうですねぇ」
「え? な――んで?」
その疑問には電話の向こうのガーガが答えた。
口調自体はどこか半信半疑だ。
「フタバが住んでいた街での活躍を聞いてな、協力を頼んだら快諾してくれた」
その気軽な答えに頭を抱える。
当のヒュプノスはにこにこと笑っている。
「というか今更だがこのスマホどういうことだ?」
慌てていたから気づかなかったがいつの間にか懐に入っていた。
「こっそり戻しておいたんだが迷惑だったか」
「そうじゃないが……」
いまいち釈然としない様子で答える。
が、ガーガもガーガで忙しいようで――
「すまんまたかける」
とあわただしく電話を切られた。
車の方を見ると気軽な調子で降りてきて、まず手を叩いた。
「まず隔離しますね」
と言った瞬間に周りから色彩が抜け落ちた。
残ったのは早乙女とヒュプノス、そして俺だけだ。
「大丈夫なのか? そのガーガにばれたようだけど」
すると嬉しそうな笑みを浮かべて俺を見てくる。
どこか無邪気ともいえそうなほど無防備な笑みだ。
「心配してくれるんですか?」
「まさか、気になっただけだよ」
俺のその言葉に苦笑を返しながら身構えている早乙女と向き合う。
ヒュプノス自体がかなり上背がある。
が早乙女は背丈もそうだが分厚さも段違いだ。
だがそんな化け物を前にしてヒュプノス自信は自然体で立っている。
「……危ないと聞いたから来たわけですけど、あなたどうやってそんな体になったんですか?」
とどこかのんきにそんなことを問いかけている。
そんなヒュプノスに対して早乙女は目を血走らせながら手を伸ばす。
「憎い!! くそ!! どうして!!」
まるで親の仇でも見つけたような口ぶりだ。
その動きは筋肉量に比例して速い。
瞬きをする間にヒュプノスを捕まえた――ように見えた。
その手は空振りしヒュプノスはどこか困ったような表情だ。
「わたしあなたにここまで恨まれるようなことをした記憶はないんですけどねぇ?」
「憎いんだ!!」
その肺活量で叫んだ。
その叫びはビリビリとあたりを揺らす。
「整っている外見が!!」
改めて見回せば明確に美形と言えるのはヒュプノスくらいだろう。
そんなことを考えているうちに早乙女が何かをつぶやきだす。
「どうして私はおとこなんだろう、なんでこんなにみにくいんだろうなんでわたしはこんなにちがう――」
それと共に頭をガリガリかき始める。
血が出ようとお構いなしだ。
そうするたびに爪がより鋭くなり始める
その様子をヒュプノスがじっと見ている。
「……自分の体を改造してるんですねぇ」
「大切なことなのか?」
注意を解くことなくヒュプノスが話す。
臨戦態勢だが口調自体はいつものようにゆるい。
「ええ、大切ですねぇ、おそらくビーナスですかね?」
「は? あれが?」
と示すのはその単語からは想像もできないほど歪な怪物だ。
異様に肥大化した身体と張り付けられた顔。
あまりにグロテスクな外見のためホラー映画でも出禁を喰らいそうな見た目だ。
それを前にしてフワフワとした口調でヒュプノスが問いかけてくる。
「結局美しくなるってどういう物だと思いますか?」
「……それは」
改めて言語化しようとするとなかなか難しく感じる。
きれいなるという事はどういう事なのか?
美容やダイエット、化粧や装飾品など様々な手段が古来から用いられてきた。
そして美の基準は時代や地域によって大きく変化するというのも聞いたことがある。
だから思わず言葉に詰まる。
「理想の自分に近づけるという事ですねぇ、あくまである一面から見た場合ですが」
ヒュプノスからそんな言葉が飛んできた。
言われてみればある種腑に落ちる部分があった。
かきむしり破壊した部分から
「なるほど……」
「自分の体を改造し続けるのはまぁ極論美の領域に近いわけですねぇ」
それを言った瞬間、ヒュプノスは軽く上に跳んだ。
入れ違うように早乙女の貫き手が飛んできた。
それは物理的に伸びている。
避けられたその一撃は地面を爆破に近い勢いで破壊した。
「危ないですねぇ」
そんな気軽な一言で早乙女の腕を踏み台にしてのぼった。
そして破裂音が聞こえる。
発生源はヒュプノスの右足で放ったローキックとそれが命中した早乙女の顎だ。
「が――ふぁ!?」
怪我をしたのか話しにくそうだ。
そういえば弾丸に対して顔を守っていたことを思い出す。
一目で顔が弱点であると見抜いたらしい。
あの巨体でもさすがに顎へのクリーンヒットは厳しいのか膝を落とす。
それを見逃さずヒュプノスは顔を抱え込んで――
「よいしょ」
重い荷物を運ぶような気軽な掛け声で早乙女の頭を抱え込んで膝を顔面の中央に入れる。
脚と背筋どちらの力ものった蹴り。
見た目が派手だが、威力はもっと派手で普通に行ったら間違いなく病院送りになる攻撃だ。
それを行った他あと、ヒュプノスは真後ろに跳んで距離を離す。
早乙女の顔面は鼻がつぶれ、前歯も数本折れて、完全に白目をむいて前に力なく倒れ込んだ。
「まぁ、このようなモノですね」
虫も殺せないような顔で胸をなでおろしているが、その右ひざにはべったりと血がついている。
その状況にさすがにちょっと引きながら。
「ヒュプノスが助けでよかったよ、助かった、ありがとう」
素直な感想を向けた。
するとヒュプノスは少しだけ驚いた表情をして――
「どういたしまして」
と少しだけはにかんだような笑みを浮かべて返事をした。
明日も頑張ります。