第七〇話
できました。
ある程度時間が経ち、外から声が聞こえる。
「ナンバープレートから割り出した持ち主に連絡は取れなかったですね」
「……いよいよきな臭くなってきたな」
そんな話を行った後で、トラックの荷台をノックする。
と言っても扉がかなり巨大なので音がほとんど聞こえない。
「警察ですけど、どなたかいませんか」
「先輩、こっち小さい扉ありますよ」
「なんでそんなところに?」
「荷台を低温に保つためのモノだからですね、小さい物ならここから運び出せるでしょ?」
その声と共にノックがされる。
鍵はかけることができなかったようであっさり開いた。
その瞬間、年かさの方の人間の鋭い声がする。
「この匂いは――救急車を呼べ!!」
「ん? あ、うっす」
と若い方の警察官がどこかに連絡している。
中を覗き込んできた警官はフラッシュライトでこちらを照らして絶句する。
というのも荷台の中は血の匂いで満ちていて、真ん中あたりで俺が倒れていて、江種が必死に治療を行っているからだ。
江種が俺をかなりひどい暴力を加えていたせいで実際に俺はほぼ身動きができない状況なっているから説得力はあると思われる。
「……警察だ、がどういう状況なんだ?」
「け、警察の人ですかようやく、ふぅ」
とツナギに近い作業服を着ている江種がホッとする演技をする。
演技ではなく俺はぐったりしながら、内心ほくそ笑む。
目的は江種を逃がすことでは――ない。
当たり前だ何故ボコボコにしてきた相手の逃走を助けるようなことする必要がある?
口裏を合わせていたのは警察が踏み込んでくるまでの時間稼ぎだ。
江種から離されたら脅されていたことも含めてぶちまけるつもりだ。
「確認を取りたいのですが何が起きているのですか?」
出来たら俺を引き離してから話を始めてほしい。
が、ズタボロの人間と血で汚れた椅子やらがあり、必死に応急手当てをしている人間というかなり異様な光景なので近づきたくない気持ちもわかる。
しかも現状江種も俺も逃げるような状況ではなく、負傷者である俺もひどい状態だがすぐに死ぬようには見えないというのもあるだろう。
「道端で倒れているのを見つけて――」
早速でっちあげたことを話し始める。
感情がたかぶっていないとないと性別の事を忘れそうになる。
それくらいに擬態は完璧だ。
「なるほど非道暴力を受けていた人間がいたから保護したと?」
「はい」
と江種はしおらしくうなずいた。
これだけを見たらとてもではないが俺をボコボコにして拷問にかけていた奴であるようには見えない。
「あー、どうして警察や救急に連絡を入れなかったんですか?」
「壊れていまして」
「なるほど、このタイミングで壊れるとは運がないですな」
と同情するような言い方だが、あまりにタイミングが合いすぎていることから怪しんでいるようにも聞こえる。
その不信感がうまく募ればいいが、同時に江種自身の警戒心も高まるので俺から引き離されることを警戒するだろう。
「それで身分証等は見せていただけますか?」
「……はい」
と言って渡したようだ。
それを確認しているようだ。
「ええと、早乙女伊織さんですか?」
「はい」
は?
という疑問が急激に浮かぶ。
その苗字は木下の母親が再婚したときの名前だ。
偶然の一致かもしれないが、あまり聞いたことがない苗字だ。
おそらく再婚相手が江種――いや、早乙女なのだろう。
「はい、ご協力感謝します」
「いえ大丈夫です」
しおらしく返事をした。
立ち位置から考えるとまだ駄目だ。
「なるほど……なぜこんな時間にからのトラックを?」
「修理後の帰り道だったんです、向こうの工場で手間がかかりかなり遅くなってしまいこんな時間になってしまいした」
「ほう?」
いぶかしむように警察が答える。
何事かをメモをするようにボールペンを滑らせる音が響く。
「では運転席のあの人形は一体なぜですか?」
「運転席を離れるので、社内の規定で置くようなっています、諸王時期な所意味がないと思うのでですが」
「なるほど、訳の分からない規則でそうなっていると?」
「その通りです」
と江種が答えた。
警官からの口調からはとても納得していないことがわかる。
最初からかなり怪しんでいたようだが、話すうちに疑惑がドンドン詰みあがっているように見える。
その調子で俺と早乙女を引き離してくれと祈る。
「……早乙女さん」
「はい、なんでしょうか?」
あくまで平静を保って返答している。
警察は少しだけ考えて口を開いた。
「そこの少年はこちらの方で病院に搬送します」
内心快哉を上げる。
これで早乙女から引き離されて危機から脱出できる。
と思っていると何か空気がおかしい。
早乙女が何かをぶつぶつと言っている。
それを不審に思いながらも警察官はさらに話を続ける。
「それで早乙女さん、少し署の方でお話を伺いたいんですが?」
「それは……絶対ですか」
警察官が警戒を始めたのが雰囲気でわかる。
先ほどまでより明らかに硬い言葉で話す。
「なにか不都合でもあるのですか?」
微かだが何かをつかんだような音が聞こえる。
それに気づいた様子もなく早乙女がいきなり叫ぶ。
「もういい!!」
そんな子供の癇癪のような声と共に轟音がそれほど広くない荷台に満ちた。
明日も頑張ります。