第六七話
できました。
「ぅぇっ」
口の中が気持ち悪くなったので吐き出すと血で真っ赤だ。
顔が腫れたせいか視界も片目が見えなくなっている。
俺の弱々しい呼気とは別に鼻息荒く呼吸乱している奴がる。
「フゥーっ!! フゥーっ!! ……」
声の主は江種だ。
いつまでも煙に巻けるわけなどなく、途中から核心に迫る質問を行ってきた。
だから知らない覚えていないと繰り返したら途中からボコボコにされた。
素手だと痛むからか鈍器のような物で殴られる。
と言っても金属製ではなく、木材のような物だ。
大きさ自体大したものではないのでよほど当たり所が悪くないと死なないだろう。
「そろそろ素直になる準備はできたかしら?」
男の声でそんな喋り方をされたのでげんなりする。
江種は視界の外にいるので見ることはできないが、それでも気持ちだけは江種に向けるつもりで話す。
「だから、知らないんだって」
「そんなわけないでしょう!! 住所や携帯電話番号の一つも知らないなんて!!」
ギリギリと首を絞められる。
その苦痛を受けながらあることに気付く。
江種は俺の荷物を確保していないという事だ。
スマホの一つでも確保しているならロックを解除すれば手に入る情報をわざわざ聞いていることがその証拠だ。
おそらく何らかの手段で追いかけられることを警戒して捨ててきているのだろう。
また、どちらにしても人一人を拉致するなんていつまでも隠れることができるようなことじゃない。
遠くない時に警察なりに踏み込まれるだろう。
「じゃあ逆に聞くが相手はただのクラスメイトだぞ、知ってる方がおかしいと思うぞ」
「このっ!!」
縛られて動かすことのできない腕を思い切り殴られる。
執拗に殴られて、ふと狂気をはらんだ笑い声をあげる。
それは子供がありの巣を水攻めするような無邪気さも持っている。
「そうね、こうして……」
手にした木材を俺の腕にからめるように差し込んで――
「よいしょ」
そんな軽い掛け声と共に梃子の原理を使用して左腕を折ってきた。
唐突に火であぶられたような痛みで脳内が支配される。
鋭いその感覚は俺の前身を強張らせる。
「ぎっ――」
金属がきしむような声が思わず喉から出た。
俺自身がこれほど鋭い声が出るなんて思わなかったほどだ。
額に脂汗が出て来たのを感じる。
段々俺を痛めつけるのに手加減がなくなってきた。
さすがにまずい気がしてきた。
「……」
もう演技する余裕なんてなく、素で息が浅くなっているのがわかる。
再度周りを確認すると内装は人の手が入っているのがわかる。
つまりここは廃墟ではない。
しかし結構長い間叫んだりしているのに警察が踏み込んでくる様子もない。
つまり防音が効いているかよほど人通りが少ない場所なのだろう。
「いい加減話さないと逆の腕も行くわよ」
さっきの痛みを思い出して無意識に体が強張る。
が、ここでうなずいたらなおさらひどい痛めつけが行われるだろう。
そして江種自身がタイムリミットが近づいているという認識があるように感じる。
「だからさっきも言ったが何もしらな――ィッ!?」
容赦なく逆の腕をねじ折られた。
だらりと腕が垂れる感覚がある。
「だから言ったでしょう」
「ぅ――」
演技ではなくただうめく。
それとは逆に唐突に暴力の段階が上がったことを不審に思っている冷静な自分がいる。
欲しい情報を吐かないなら暴力の質を上げることはあってもおかしくはないかもしれない。
がいくら何でも急すぎる気がしないでもない。
何かに急き立てられているようだ。
「その目が気に入らない、まだまだ余裕があるみたいな目をして」
俺の髪をつかみ引き倒す。
受け身も取れず顔面を含む体の前面を強くぶつけられる。
その場をあとにしてしばらくしたら何かをもって現れたらしい。
俺のすぐわきに膝をついて座り、俺の顔を引き上げる。
視界の舌に見えたのは水の張られたバケツだ。
「水責めって苦しいらしいわね」
「ま――」
俺の言葉も聞かずそのまま水の張られたバケツにつこまっれる。
俺の頭頂部がバケツの底に着くように押し込まれる。
一気に鼻の奥まで水が浸入し思わずせき込むようにむせる。
するとそのせいでまた水が気管に入り、また水を排出するためにせき込む。
「がぼっ!! がご――っぁ!!」
息ができない。
肺の空気が逃げる。
ただ酸素が欲しい。
そんな感情でいっぱいになる。
「ぶ――」
「もういいかしら」
顔を引きげられる。
ここで呼吸を深くする。
同時にまたバケツに突っ込まれる。
水混じりの空気が肺に入り、本格的に胸が閉められるように痛む。
しかしこの水は鉄さびなどの妙なにおいもなくごく普通の水道水。
さっきも思ったがここは誰かによって頻繁に使われている場所であることが再確認できる。
そして何よりここまでの暴力を加えて一切顔を見せない事の不自然さだ。
「がっ ぐ――」
あまりに苦しくて涙が出て来たような感覚を得る。
そしてこの状況にさらされている理不尽さだ
そんな折れかけの心とは別に頭では江種が顔を見せない事の違和感を考察している。
この手の犯人で顔などを見せないようにすることは後ほど追跡されないようにするためだと思う。
が江種は顔をばっちりみられているなら今さら見せない意味は薄い気がする。
だから、顔を引き上げられた瞬間に――
「あぁっ!!」
全力でのけぞり思い切りかちあげる。
さすがにそれは予想していなかったのか俺に押しのけられるように後ろに倒れた。
足は縛られていなかったので無理やり立ち上がり、距離をとり江種を見て――
「へ、変態!?」
思わずそんな言葉が出てしまった。
明日も頑張ります。