第六話
間に合いました。
チラホラと人がいる正門方面――教室の窓に面した部分を横切る。
そこにはあの巨大な山羊が残した跡はやはりどこにもない。
それを確認しながら裏手方面に歩いてゆく。
少しでもばれないようにするなら人目のない場所で変身して校舎を飛び越えたのだろう。
空を飛んでいたのでその行動は難しくないはずだ。
「アモリか……」
向かった先にガーガが居る。
その仕草から見るとどうにも居心地が悪そうだ。
どうやら何かを探していた様子だ。
「ようガーガ、見つかったか?」
「もうバレているようだな」
「目立っていたしな」
目的は陽川が持ち込んできていたぬいぐるみ付のキーホルダーだ。
月宮がそれなりにぬいぐるみを買っていると聞いてすぐさま用意したフットワークの軽さはあきれ半分感心半分だ。
かといって陽川が作れるとも思えないし、ガーガが変身なりなんなりした代物だから売られているはずもない。
という事は――
「で、用意したのはガーガか?」
「ああ、一種の子機みたいなものでな、多少は周りの状況は見えるんだがな」
顔がうつむき気味でどことなく威勢がない。
子機という触れ込みなのに見失っていることが恥ずかしいのだろう。
その様子に軽く苦笑しながら話しかける。
「俺も探すの手伝うから、朝のことについて色々話してくれ」
「……む」
即答はせず押し黙っている。
だが結局首を横に振る。
「これはガーガの不始末だ、手を煩わさせるわけにはいかない」
「……へぇ」
あわよくば何か話が聞けるかと思って提案したが断られた。
そのことにガーガへの敬意に近い感情が浮かぶ。
だから情報とはまた別に手伝いたくなってきた。
「俺も手伝うよ」
「……なぜだ?」
その視線は鋭いと感じる一歩手前で、声もまた固いといえるものだ。
だから正直な思いを伝える。
それで拒否されたのなら俺が余計なおせっかいをかけてしまっただけなのだ。
「知り合いが困っていたら手伝いたいものだろう?」
「ほぅ……」
じっと俺を見ている。
それは値踏みとはまた違う、ひどくフラットな視線だ。
俺の目を見て、視線は俺の体をめぐり、最後にまた目を見てくる。
俺はガーガを目をじっと見つめ返す。
するとガーガは申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「たのむ」
「いいって」
そう返して何となく上を見る。
ガーガは背丈が低いのでおそらく地面の方を重点的に探したはずだ。
なら木に引っかかっているなどしたら見落としている可能性がある。
そう思い視線を上に向けて探していると見つかった。
「あったぞ」
「本当かアモリ!!」
声を弾ませて物理的に飛んできた。
上から落ちてきて転がり落ちる途中で引っかかったのだろう、生茂る葉に隠れていた。
接続するためのリングがかろうじて見えていたから気づいた。
どことなく嬉しそうに近づいて回収した。
「助かったぞ、アモリ」
「ならよかった」
と言って背を向けて去ろうとする。
するとガーガが呼び止めてきた。
「アモリ……そのありがとう」
その様子に苦笑して、昼飯を食べに行くために駆け足で教室に急いで戻ろうとした時だ。
「ぇっ!?」
微かに驚いた声が聞こえる。
反射的にその声の方にダッシュする。
見られていたら問題があうからだ。
幸い相手はそれほど足は速くないようですぐに追いつけそうだ。
逃げている相手は制服と髪型からすると女子だ。
「ひぅっ!」
あと少しのところで逃げ居ている奴はずっこけかけた。
とっさに手を伸ばしつかむ。
「大丈夫か?」
「だ だぃ ょ ぶ」
と蚊の鳴くような声で答えられる。
人と話すこと自体が慣れていないのかビクビクしながら視線を外しながら話しかけてくる。
前髪は自分の手で整える程度にしかしていないのかやぼったい印象を受ける。
興味がないから伸ばしているとしか思えない中途半端な髪は全体的にまとまりがなくバサバサしている。
掛けている眼鏡も頑丈さ優先のようでどうにも似合っていない。
走っていたからか肌は少しだが紅潮している。
「ならいいけどな」
倒れる危機を脱したので手を離す。
助けた女子は制服は着崩すことなく着ていることはいいのだが、姿勢が悪く猫背気味だ。
「ぁ あり とぅ」
口の中でこもったような声で礼を言って頭を下げてくる。
がぐにゃりという感じでどうにもしまらない。
「ん? いや俺が追いかけたわけだし、すまなかった」
逃げた理由が気になるところだが、人と向き合って話す事すら苦手そうな女子だ。
男子が追いかけてきたら怖く感じるのも無理はないないだろう。
そう考えていると、顔を上げた相手が俺をちらりと見て何かを言っている。
「ぇ っき、 の」
何を言っているか全く聞き取れない。
先ほどまでは何となく想像はできたが今回は全く想定できない。
いつの間にか話し終わっていて挙動不審な状態で俺の言葉を待っているようだ。
聞き返すこともできるが、何となくだがそうするとさらに委縮される気がする。
脅すつもりはないのでそれはよろしくない。
「ええと、話すのは苦手か?」
そこで動きが止まり、フリーズする。
昼飯を我慢すればもう少し時間がある。
だからじっと待っているとゆっくりとうなずかれた。
「実はさっきの言葉がうまく聞こえなくてな、メモ帳で書く事お願いできるか?」
その言葉には首を振り、ゆっくり深呼吸をして。
ゆっくり口を開く。
その姿は苦手でもやると言っているようだ。
「あの さっき」
嫌な予感がする。
背中に冷や汗がにじむ。
「き 聞いた、けど」
自信なさげに視線をそらし、身を守るように背筋を丸めながら話す。
それは問い詰められている様にすら見える。
が実際は逆だ。
俺が問い詰められている。
「ぬい ぐるみと 話してました よね?」
まずい場面を見られた。
どうにかして言いくるめないと。
そんな言葉が頭の中に浮かんでは消えた。
明日も頑張ります。