第五二話
できました。
「さてこの家ですが大谷君も気づいたようにこの家にはある物がすくないんです」
「ある物?」
疑問を口にした後で思い出す。
「母親の服――いや母親の荷物だな」
「その通りです、この部屋には家には木下ちゃんの母親の痕跡――荷物と言ってもいいかもしれませんね」
ここまであさって出て来たのは家庭ならどこでも持っているような消耗品と虐待の証拠、そして少ない衣類だ。
俺の返答に満足したのか一つ笑みを浮かべる。
そして向かうのは一階の寝室だ。
「ここに何かあるのか?」
「ごく初歩的な話なんですけど、そもそもなんで母親の方の服が少ないのかという事から話は始まります」
たどり着いた寝室でクローゼットを開けるとやはり父親の服と思われる物が中心にかけられている。
それをみたヒュプノスが一つうなずいている。
何を確認したかったのかさっぱりわからなかったので質問する。
「一体何を確かめたかったんだ?」
「残されている母親の方の服を見たかったんですよねぇ、とくにどの季節の代物なのかということでね」
「なにか大切な意味があるのか?」
俺の質問にやはりヒュプノスはうなずいた。
「この家の異常性であまり目立たなかったですが、なんで死んだ人間の衣服が使いやすい場所にいまだにかけてあるんですか?」
「あ」
考えてみればその通りだ。
数年前に死んでいる人間の服をなかなか片づけないというのは考えられる。
しかし、生きている自分たちのスペースを圧迫するほどとなるとおかしく感じる。
「男物の衣服は秋物ですが、女物はこれ春先の代物ですね」
「季節がずれているってことは入れ替えた人間がいるってことか……一体だれが」
考え込む。
が、すぐにヒュプノスから話される。
「母親でしょうねぇ」
「なんでだ?」
首をかしげながら問いかける。
ヒュプノスは苦笑しながら話す。
ただあまり面白い話ではなさそうだ。
「おそらくですが母親は浮気をしていましたね」
「ぶっ!!」
さらりと言われたので驚いた。
慌ててヒュプノスの顔を見るが真顔で冗談を言っている様子はない。
その様子を見て表情を引き締めて問いかける。
「確かなんだな?」
「ええ、間違いなく」
かつての木下が置かれていた家庭環境に気付き愕然とする。
だがそうなると学校での話と食い違いが発生する。
「でも学校での話だとイメージからすると虐げる側だった気がするんだが……」
「そこはそれこそ、そのような形でしか人と関わることができなかったのかもしれませんね。」
そこで一度言葉を切って話す。
「木下ちゃんかなりの美人でしたし」
「……は?」
いきなり言われて思考が固まる。
そのあと言われたセリフを咀嚼してようやく理解した内容は。
「木下の写真を見つけたのか!?」
「ええ、父親の方は記録魔だったようですからたくさん、ただ……安全なのとなるとぐっと減ってしまったんですよねぇ」
少しだけ口の端を引き結んだ表情で一枚の写真を手渡してくる。
そこには目の覚めるような美少女がうつっている。
どこか厭世的な光を持つ瞳とスラリと通った鼻筋。
豊かな体の起伏を目立たせる薄手のワンピースを着て顔を背けている姿勢はどこか猫のようにも見える。
綺麗にまとめられた長い髪は写真からわかるほど滑らかだ。
その紙の色は驚くことに銀だ。
おそらく今の木下は黒に染め直しているのだろう。
いっそ絵と言われた方が納得できる代物だ。
「……これが木下か」
「ええ、確かにこのレベルの美形でしたら変な人も寄ってくるでしょうねぇ」
ここでヒュプノスはこの話をここで終えるためのように一つ手を叩く。
おれもうなずいて頭を切り替えながら写真をヒュプノスに返す。
「この家の中には二種類の時間軸の生活が被っています、一つ目は両親がそろっていた時期、二つ目が母親が浮気相手を連れ込んできていた時期」
そこまで話して疑問が浮かぶ。
「本当か?」
「顕著なのが食事に父親の分の食器を出しているくらい錯乱しているのに、秋物をかたずけないとかにわかに信じるのが難しい跡がありますしね」
さて。
とそこでヒュプノスが口に出す。
「両親が居た頃の部屋は南京錠がかけられていたところ、逆に浮気をしていた頃の部屋は一階部分でしょうねぇ」
「となると資料が置かれていたあの部屋はどっちの時間なんだ?」
その質問には少しヒュプノスが考えている様子だ。
「正直なところ分かりません、母親は木下ちゃんを閉じ込めていたはずですので」
「あっさり言われても、なかなか重いな」
木下はこの家ではほとんど自由石なんてなかっただろう。
もしかしたら外での振る舞いすら自由ではなかったかもしれない。
そんな思いが浮かんでくる。
俺のその思いを知ってか知らずかヒュプノスは話し続ける。
「さておかしなことはまだまだあります、両親の写真すら……いいえ、しんだ父親の写真が一枚もないのは少しおかしいと思いませんか?」
確かにこれだけ探して見つかった個人の顔がわかる資料は木下の分だけだ。
フォトスタンドの一つも見つかっていない。
そのことに気付いた瞬間背筋に寒気が走る。
こうして考えると木下の家族も住んでいた家もおかしなことばかりだ。
しかし見た目はごくごく普通の一般的な住居だった。
「そのことがなにか俺たちを閉じ込めている存在を探すのに意味があるのか?」
「ええ、あるはずの物がないというなら、つまりどこかに納めている場所があるはずです」
「つまりそこが――」
俺の言葉にヒュプノスは深くうなずく。
「潜伏場所ってことか」
「ええ、そこに潜んでいるでしょうね」
明日も頑張ります。