第五〇話
できました。
デリケートなものが納められている二階の部屋はヒュプノスに任せて残った一階の探索に向かう。
階段から降りてすぐに目の前に見えるのは脱衣室だ。
一応中に入る。
「特に何もなさそうだけどな」
洗面台の向かいに洗濯機が置かれている。
作り付けの棚に洗剤やらが残されてる。
一応洗濯機のふたを開けて確認するが中には何もない。
「浴室も――」
と見たとき扉に南京錠が付けられている。
嫌な気分になりながら上で手に入れた鍵を試した。
スムーズに解錠できた。
「こういうものが唐突に出てくるから気が抜けないな」
外して入ってみる。
外に通じる窓は嵌め殺しになっており格子が付けられている。
覗き防止用の板材まで貼られている。
そしてバスタブにうなだれるように座っている輪郭が光っているナニカがいる。
「なんなんだこの存在は……」
ずっとうつむいているような姿勢で身じろぎひとつしない。
閉じ込められている場所に居ることからおそらく木下に関係する存在なのだろう。
隣にしゃがんでみて身長を比べてみると俺よりは少し身長が低い。
「わからん」
こうしている分には危険性はわからない。
が、ヒュプノスの能力が途切れたら俺くらいならすぐに殺されるだろう。
少し考えて蛇口をひねる。
すると水が出て来た。
特に錆が浮いているとかもなくきれいなものだ。
二階の明かりもそうだが、電気も水道も通っている。
そして数年間使われていない水道からきれいな水が出たことから定期的にここを使っている人間がいるか――
「そもそも時間が進んでいないか」
前者の方があり得る話だ。
言うななればここは侵入者を撃退するセキュリティが入った拠点だ。
それを考えればあの存在からの敵対判定を何とかできれば隠れるにはちょうどいいだろう。
が、それを考えてもやはり異常なことがある。
「きれいすぎるんだよなぁ」
人が使わないと家は傷んでいく。
が同時に人が使うからこそ発生する痛みがある。
手で触る箇所の手あかや塗料の剥げなどだ。
それがほとんど見て取れない。
洗面台も新品のようにきれいだ。
水はね等によるわずかな汚れも見えない。
「よっぽど几帳面な人間でもないと家を常にこれくらいきれいに保つのは不可能だぞ」
気になって廊下に戻りヒュプノスがスプレー缶による爆発を喰らった場所に向かう。
そこは床は洗剤で汚されて様々な破片が転がっている。
が、指で軽く床をぬぐうと傷一つない床が現れる。
拭った指とは違う指で触れるが洗剤特有のぬめりを一切感じない。
「普通の床ならこんなの起きるわけがない」
つまり異常な力が関係している。
そう考えて先に進むことにする。
途中に左手側に見えた扉は階段下を利用した物置スペースのようだ。
古紙を集めるボックスや掃除機など様々な物が詰め込まれている。
そこにやたら頑丈そうなビニールひもが取り出しやすそうな場所にストックされている。
それだけ見るならそこまで気にするようなものではないが、今までの家の中の異常性を考えると用途が思い浮かぶ。
「気分が悪くなるな」
はき捨ててやや乱暴に扉を閉める。
リビングに向かう。
入ってすぐにそこまで大きくないテーブルが鎮座している。
表面がビニールのような加工がされたテーブルクロスの上に3つの食器が並べられている。
今から食事を行うような光景に見える。
「これも見かけでしかなかったってことか……」
が、木下が虐待を受けていた事実を考えるとうすら寒い光景だ。
システムキッチンの方を見るがやはりおかしなところは存在しない。
稼働している冷蔵庫を開けると冷気と共にいくつかの食材を確認できる。
匂いはおかしなところはなく痛んでいる様子はない。
扉に入れられている牛乳の賞味期限は不自然に認識できない。
「とっくの昔にわかっていたけどこれはホラー案件だよな」
ポルターガイストと不明瞭な人影、なぜか動いている家電。
ラップ音などの奇妙な音もなければ、血で汚れた物も存在しない。
しかし数年間一切人の手が入っていない中途半端にある生活感が奇妙な不気味さを与えてくる。
その上で散見されるかつて行われた虐待の証拠を見過ごせない程度に残されている。
「こういうホラーハウスがどこかにあるかもな」
などとつぶやきながらリビングより先の部屋を探す。
すると扉を一つ見つける。
錠前もついていないごく普通の扉だ。
ノブを回すと鍵もかかっておらず普通に押してはいることができる。
「ここは……寝室か?」
大きめのベッドと枕元にルームランプが置かれている。
小さめのサイドボードには観葉植物が飾られておりおかしな点はない。
「夫婦の寝室か」
クローゼットがあるので開けるとスーツや男物の服が皺もない状態で掛けられている。
そこで気づくのは女性ものの衣服が少ない。
不審に思う。
あくまで俺の両親ではほぼ同じか、母親の方が少し多いくらいだった気がする。
家庭の違いと言えばそれまでだが少し気になる。
「タンスってないか?」
そう呟いてあたりを見るが見当たらない。
季節で服は交換するものだから、他にも服を保管しておく場所がないといけない。
とりあえず探して分かったことと不審なことをスマホのメモ機能に書き留めてヒュプノスの元に戻ることにした。
明日も頑張ります。