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第五話

間に合いました。

「来るぞ!!」


 誰かがそう叫んだ。

 俺はとっさに隣にいる月宮の首根っこを抑え込むようにして床に伏せる。

 正直なところ建物への有効打を与えられるような存在に見えるので伏せたところで意味があるかどうかはわからない。

 しかしやらないよりましだと考えて身構える。

 衝突のその時を待つ。


「あれ?」


 がいつまでたっての轟音の類や衝撃は入らない。

 不審に思ってゆっくり視線を上げるとそこには以前見た人間の背中が見える。

 布とも樹脂とも金属とも違う独特の質感を持つ衣装に身を包んだ輝くような金髪の少女。

 陽川が変身した魔法少女だ。

 彼女は空中に浮かび山羊をにらんでいる。

 山羊の体には鎖が絡みつき動きを止めている。


「守って、くれたのか?」


 誰かが言ったその言葉は波紋が広がるようにゆっくりと伝播する。

 口々に陽川に感謝の言葉を向けている。

 しかしその目はどちらかというと熱でも出しているかのように虚ろだ。

 なぜだかその光景にどこか危うさを感じ取る。

 しかしそこで思いなおす。

 俺は正体を知っているからあまり大きな期待をかけないほうが良いと思っている。

 しかしクラスメイトからしたら超常現象に巻き込まれて混乱していたところに明確に守ってくれた存在だ。

 過大な期待どころか、彼女に任せるしかない状況なのだ。


「頼むぞ」


 周りとは少しだけ違うニュアンスを込めた言葉をつぶやく。

 それがきこえたのかどうだかわからないが状況が動く。

 山羊が鎖を引きちぎったのだ。

 身をよじるようにして鎖の残骸を振り払うとのっそりと立ち上がる。

 その体の大きさは時間が経つたびに巨大化しているように見える。

 岩同士がこすれ合うような音がして角がさらに二本生えてくる。

 四本角の異形の山羊は口を開けて雄たけびを上げる。


「オウオォォゥゥッ――」


 巨大な発声器官は地を揺らす膨大な量の重低音を発生させる。

 窓と壁、そして床が大きく揺れて窓ガラスや蛍光灯がことごとく破壊され、コンクリートの壁もただでは済んでいない。

 校舎を破壊しかねない強力な声を喰らって咄嗟に耳をおさえる。

 周りの全員も耳をおさえうずくまっている。

 中には鼓膜がやぶれたのか痛みで苦悶の表情を浮かべている奴すらいる。

 体がでかいというだけで何気ない動作ですら小さな生物を殺傷しうるパワーを持つのだ。

 咆哮の直撃を受けたはずの陽川の方を見る。


「――」


 小動もせず左手を前に突き出し構える。

 と、光が伸びるようにして何かを形作る。

 大雑把な形で言えば弓だろう。

 矢をつがえるような動作をすると矢としか思えないものが右手に掴まれている。


「――」


 山羊は角をぶつけるようにして振ってくる。

 見かけはさほど速くはない。

 が実際にとてつもなく早い。

 避けようなどない勢いだ。


「アァァッ――」


 骨が揺らされ山羊の叫び声が聞こえる。

 同時に全身が熱っぽく感じる。

 体の中身がめちゃくちゃにされたように感じる。

 攻撃手段ですらない声を上げただけで周りの人間を傷つけ、建物を破壊する化け物。

 血の気が引いた体で何とか見れたのは放った矢でその破壊の化身である山羊の角をへし折った頼もしい姿だった。

 そこで体力が限界に達したのか意識が途切れてしまった。


=====


「きりーつ、れい、ちゃくせーき」


 いつも通り少し間延びした号令に従って行動する。

 この始業前の光景は普段と全く変わらない日常だ。


「!?」


 驚きを何とか抑え込んだ。

 これはどう考えてもおかしい。

 俺が覚えている最後の光景は窓ガラスが割れ、蛍光灯も砕け散り、校舎はボロボロになり、俺を含めたたくさんの人間が倒れているような物騒な光景だった。

 それこそ時間が日単位で進んだのかと思いこっそりスマホで日付と時間を確認する。

 そこに表示されたのは確かに多少は進んではいるが日付は覚えているままだ。

 どういうことなのかわからずうろたえる。

 視界の端にはいつの間にか来ていた陽川が着席しているのがわかる。

 机の横にぶら下げられたかばんの外ポケットは何も物が入っていないように平らになっている。

 そこで一通の着信がある、送り主はガーガのようだ。

 今はさすがにまずいので後ほど連絡を取ることに決めた。


=====


 クラスメイト全員が何ごともなかったかのように日常を過ごしている。

 そのことに何とも言えない居心地の悪さを感じながらも目立つことは行わず静かに授業を受ける。

 いっそ異常に感じるほどいつも通りの授業が進み、昼の休憩に入る。

 と陽川がこっそりとかばんを手に教室の外に出て行った。

 陽川は社交的な方のため、誰にも何も言わず隠れるように出ていくのはなかなか珍しい。

 案の定クラスメイトの女子に捕まってしまう。


「どうしたの由美? お昼だよ?」


「あ、いやちょっとな……」


「あ、そうかお弁当忘れたんだね、みんなに言ってちょっと分けてもらうね」


 歯切れの悪い陽川の様子に話している相手は早合点して勝手に動き始めた。

 その様子を所在なさげに陽川は見ている。


「どうしたの亜守」


「いや、何でもない」


 飯に誘いに来た月宮が話しかけてくる。

 首を横にゆっくりと振りながら月宮のかばんを見る。

 そこには何か物が増えている様子はない。

 何となく察していたことがほぼ確定した。

 一つだけため息をついて月宮にあることを伝える。


「ちょっと用事を思い出したから、すまんな」


「ん、わかった、無理しないようにね」


 雪宮はいつものようにフワフワした表情で返事をしてきた。

 その答えを聞いてから余計なおせっかいを焼くために教室から出て行った。

明日も頑張ります。

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