第四九話
できました。
「……」
階段を静かに登る。
いきなり踏板が抜けたり、ワイヤーが張られていないかなど確かめながら一段ずつ登る。
「ここまでは問題ないか」
いっそ拍子抜けするほどあっさり二階へと上がれた。
途中で一度踊り場があり、右手側にはカーテンが閉められた窓がある。
目の前にはトイレらしき扉。
左に進むといくつかの扉がある。
手前側の扉には室内の扉だとなかなか見ないものが付けられている。
「南京錠……」
閉じられており中から物音は聞こえない。
物置にしてはノブもごく普通の物だし、この手の錠は屋外につける物のはずだ。
「すっごい嫌な予感がするな」
錠は補強された場所にとりつけられており蹴っても破壊できそうにない。
一般家庭の部屋にしてはどう見ても不穏すぎる。
襲ってきた奴がいるという事とは別に嫌になってくる。
「まぁ、行くしかないな」
肩を落としてまずは奥の扉に向かう。
やはり中からは何も物音が聞こえない。
ゆっくりと開けて中に入る。
カーテンで日光が遮られた室内は薄暗い。
「……変な部屋だな」
壁に棚が並んでおり結構な容量があるのにファイルやらDVDやらで埋め尽くされている。
簡単なナンバリングと日付しかかかれておらず、日付は数年前で止まっている。
「中を見るのはあとにしておくか」
そう呟いて鍵を探す。
すると目立つ場所に鍵がフックにぶら下げられている。
罠を疑って適当なファイルで外して床に落とす。
が、特に何かが起きた様子はない。
「気にしすぎだったか」
拾い上げる。
鍵の大きさ的に南京錠の物だろう。
覚悟を決めて隣に向かう。
「よし、開いた」
思った通り南京錠の鍵だったようだ。
取り外してノブを回す。
押し開ける。
「……部屋自体は普通なのが異様だ」
そこは勉強机と本棚、ベッドが置かれているごく普通に見える部屋だ。
が、よく見るとこの部屋には窓が一切ない。
出入り口から入る少ない光が唯一の光源だ。
「なんだこの閉じ込めるための部屋みたいなの」
外見はごく普通の個室に見えるからなおさら異常性が目立つ。
勘だが襲ってきていた奴はここにいる。
目を凝らすが見えない。
少し悩んで明かりをつけないまま扉を閉める。
「いた」
小さくつぶやく。
暗闇の中にぼんやりと人影が浮かぶ。
ベッドの真ん中あたりに座っているように見える。
輪郭だけが光っており顔などは見えない。
どうやらうつむいている様子だ。
ここまで危険な様子はなかったのでヒュプノスを呼びに行くことにした。
=====
「ここまで来ても何もないというのは拍子抜けしますね」
「ああ」
ヒュプノスの言葉に静かにうなずく。
もしかしたらと思ったがヒュプノスをすぐわきに連れてきても急に暴れるという事もなかった。
ヒュプノスは覗き込んでいるが――
「さっぱりわからないですねぇ」
暗くしても輪郭ぐらいしか見えないのでなにか何も得られなかったのだろう。
ため息を一つついて――
「とりあえず始末しますねぇ」
そんな気軽な一言と共に輪郭しか持たない存在の首と胴体は切り離された。
首を斬られた存在は――
「……」
断末魔の叫びすら上げずに崩れ落ちていった。
しばらく待つがやはり何も起きない。
そのことに胸をなでおろしてホッとする。
「では早速調べますか」
「ああ」
顎を引くようにして頷く。
そして部屋の明かりをつけた。
「ではわたしは隣の部屋の整理から行いますね」
そう宣言して隣の部屋に向かった。
「という事は俺がここかぁ」
愚痴に近い感想を漏らしてスマホのライトをつけた。
=====
「とは言ってもなぁ」
なんとなく机に近づいて引き出しに手をかける。
が動かない。
諦めて本棚の方に向かった。
「何かないか?」
つぶやいて適当に中身を見るがやっぱり何もない。
いかにも怪しい本はなく。
教科書らしきほんの最後に木下ふたばと書かれてあるのがここがふたばのへやっであったことを示す証拠だ。
「それにしてもなんだってこんな場所がふたばの部屋なんだ?」
外から施錠ができて、助けを呼ぶ事もできない。
鍵をかけられたまま家の人間が寝てしまったら、トイレに行くこともできない。
「……虐待か」
そう呟いてベッドに腰かける。
体重を受け止めて軽くきしむ――
「誰かいる」
今おれの隣に誰かが座っている。
目を凝らすとちょうど人一人分ベッドの真ん中あたりがくぼんでいる。
「……マジか」
おそらくヒュプノスはまだ五感をまだいじっているから問題がなかった。
だから慌てて隣の部屋に向かう。
「ヒュプノス奴はまだいる」
「あらら、倒しても意味がなかったんですね」
「どうする?」
その質問にヒュプノスは肩をすくめる。
お手上げのようだ。
「どうするも何もとりあえず調査を優先しましょう、この部屋はわたしにまかせてください」
「俺も手伝った方がよくないか?」
「いいえ、ここはわたしだけで調べますよぉ」
その質問にはヒュプノスは薄く笑みを浮かべた上ではっきり断ってきた。
関わらせるつもりはない。
とでもいうように。
「……理由を聞いてもいいか?」
「マイルドにいうと木下ちゃんはひどい虐待を受けていました」
首をかしげる。
その話ならなんとなく俺も察している。
別に隠すような情報じゃないと思い。
「いや、それくらいなら俺も察しているぞ、隣の鍵が付けられた部屋が木下の部屋みたいだし」
その言葉にヒュプノスはゆっくりと首を振ってこたえる。
「ひどい虐待と言いましたよね?」
わざわざ区別して言っていることに気付く。
そうしてふとある考えが浮かぶ。
「まさか……」
「さすることができたのならそれで納得できましたか?」
「ああ、よかった中を見なくて」
その言葉にヒュプノスはなずく。
「残しておくのも問題になりかねないのでわたしが責任をもって処分しておきますね」
「たのむ、残っているわけにはいかないものだしな」
その言葉に対してヒュプノスは手をひらひらと振りながら俺を見送った。
明日も頑張ります。