第四三話
できました。
「く ぁ……」
行程の半分ほど進んだパーキングエリアで伸びをする。
空は晴れ渡り、風は若干の熱を持っているが汗をかくほどではない。
緑が萌える季節でもあり、車の中でヒュプノスが言っていたが絶好の旅行日和だろう。
当のヒュプノスはトイレに向かって行った。
自販機で緑茶と甘めのコーヒーを一本ずつ買う。
そのどちらにも手を付けずヒュプノスを待つ。
「……平和だ」
追ってきていると思われる車はなく順調にここまでこれた。
そうなると江種の動向が怖い。
一応ガーガにメッセージだけ送っておく。
内容は江種が見つかったかどうかを聞く内容だ。
すぐには返信はないと思う。
なので持ってきたヒュプノスから借りているミステリーを読み始める。
「お待たせしました」
小走りでこちらに来るのはヒュプノスだ。
明るい色の薄手のカットソーにブラウンの丈が短いジャケット。
八分丈の明るいブラウンのパンツと同系色のシューズを履いている。
髪は肩より上の辺りまで短くなっている。
背の高さでも目立つようで大体の人間は二度見している。
「いや、大して待ってないから大丈夫だ」
といって買っておいた飲み物を二本を見せる。
ヒュプノスは察したようで水の方を手に取った。
「気が利きますねぇ」
「車を出してもらっているからな、これぐらいじゃガソリン代にもならない」
「ふふ、そんなことを気にしていたんですね」
くすくすと笑っている。
周りからかすかだが視線を感じる。
「わたしはうれしいんですよ? 頼ってくれたんですからね、だからお――亜守は気にしなくていいんですよ」
どこか悪戯っぽい笑みで言いなおした。
一瞬なぜかはわからなかったが周りからの視線が強くなったことで思い当たる。
周りに変な誤解を与えて楽しんでいるだけだ。
はたから見ていると俺は免許も持っておらず年上の女性に車を出させたヒモに見えないこともない。
まぁ実際その通りなのであきらめる。
「……この後も、運転頼む」
「はいはい、分かりましたよ亜守」
ヒュプノスは楽しそうに笑いながら車へと向かって行った。
=====
「さてこのあとまっすぐ教えられた街へと向かいますが、木下ちゃんの元住んでいた家の住所とかは知っているんですか?」
しばらく進んだところでヒュプノスが聞いてくる。
聞かれたらまずい事は用心して走行中の車の中で話すらしい。
「ああ、ガーガから教えてもらった、俺が気にしているという事もあるだろうが周りで死んでいる人の数が異常だ」
わずかな間に六人は死んでいる。
それも自殺や殺人など明らかに異常な死に方だ。
どう考えても普通じゃない。
だから調べに行く。
「わたしとしてはそれを知ってどうするのか興味深いですねぇ」
「……分からない、ただ知りたいんだ」
そう答える。
今のところ陽川の恋路は遅々として進んでいない。
まだ四日ほどしか経っていないというのもあるが、本格的に陽川と月宮をくっつける手を考えないといけない。
だが、それでも気になってしまう。
最近できた友人に危険人物が迫っているのだ気になる。
襲ってくるところを取り押さえることもできるかもしれないが、四六時中張り付いていられない。
それに、奴と対決する方向は危険だ。
頭のどこかでそう感じているのだ。
「ふふ、恋をしているようですよ」
ヒュプノスが俺をからかうようにそんなことを口に出す。
それを言われて思考に空白ができる。
が、何となく腑に落ちるような気がした。
「そう……かもな」
「あらら、否定すると思っていたんですけどねぇ」
意外そうな顔で話す。
そしてヒュプノスはさらに言葉を続ける。
「でも、気を付けた方が良いですよ、木下ちゃんの心は普通じゃなかったですよぉ」
「ああ、何となく察しはついている」
そのこと自体はなんとなく察しがついているのであまり驚かない。
頭の回転などは人並み以上だが、こと他者と関わる能力が幼いといえるほど貧弱だ。
まるで子供のようだ。
「すこしは驚くかも思ったんですけどね」
「少し話せばわかるだろう」
ヒュプノスが言っているのは、おそらく巨大化し世界中の人を眠りに落としたときの事だろう。
詳しい話を聞きたい気持ちはある。
が何とかそれを無視をする。
「ともかく木下が住んでいた場所の周辺に今も住んでいる人に話を聞く、そして過去の写真を入手する事だな」
「まぁいいですけど、あて――というより話を聞いてもらう方法はあるんですか?」
「え?」
ヒュプノスからでた疑問に固まる。
なので聞き返す。
「話を聞いてもらう方法って?」
「当たり前の話ですけど唐突に人が来てかつて住んでいた人間のことを話してくれって言われたらどう思うますか?」
「それは、もちろん……」
思い返すのは江種への俺の対応だ。
だからようやく理解した。
「そうか、話す理由がないんだ」
「まぁ、そういう事です、その江種を名乗る人物もジャーナリストの肩書を持ってたから大谷君も話を聞くぐらいならと思ったんでしょう?」
言われたその言葉におとなしくうなずく。
そういう事だ。
一応クラスメイトを名乗れるが、そんな人間に話をするのかと言われたらおそらくしないだろう。
そういう確信がある。
「……しまったなぁ」
「まぁその辺は正直に認めたご褒美にわたしのほうからなんとかしますね」
「まさか記憶をいじるとか言わないよな?」
ヒュプノスは一瞬押し黙る。
そのあとおかしそうに笑う。
「そんなことしませんよぉ、もちろん記憶を直接覗くなんてこともしませんから大丈夫ですよぉ」
「ならいいが」
とうなずく。
その様子を視界の端でとらえていたのかヒュプノスは一つうなずいた。
「もしかして学校の方もそうですか?」
「あ、それは違う、そっち方はガーガから送られてきたものがあるから何とかなる」
一瞬だけヒュプノスは意外そうな表情をする。
がすぐに楽しそうに笑う。
「さすがに準備が良いですね、視覚をいじってこっそりお邪魔するつもりだったんですけどね」
「……なんで若干残念そうに言うんだよ」
俺のその言葉にヒュプノスは悪戯っぽい笑みを浮かべて――
「それ秘密ですよ」
と笑っていた。
明日も頑張ります。