第四二話
できました。
「ふふ、今日はドライブ日和ですねぇ」
聞きなれたゆるい声が聞こえる。
声の主はドライバーであるヒュプノスだ。
盗聴が絶対起きない場所である夢を通して木下の暮らしていた街への同行を頼んだ。
休日の朝だからか車の数は少なめだ。
「頼んだ俺が言うのもなんだが、車まで出してくれるとは思わなかったよ」
電車なりで向かうつもりだったから駅前で待ち合わせしていたら、いきなり車で迎えに来られて驚いた。
「危険人物に追われてるんですよね、だったら電車よりは車を使った方が安全ですよ」
「まぁ、確かに」
ウーラヌスとは違ったベクトルでの危険性を思い出す。
あいつはある種取り繕うことがなかった。
だが江種は見た目は普通で長く話すことでようやく危険性が認識できた。
服を変えてつけられてきたらお手上げだ。
「あいつ……江種を名乗る人間の目的はおそらく木下に近づくことだ、もしくは近しい人間の排除かもしれない」
「夢の中で大まかな話は聞きましたけど、再度聞きたいですねぇ」
目線はまっすぐ前を向いているがどこか声は弾んでいる。
そのあたりで高速のETCを通り過ぎた。
インターチェンジを目的とする方向に曲がり、加速し高速に合流する。
「さて、ここまで来ればよっぽどの事がないと盗聴も監視も無理ですね」
「……始まりはあの夜、木下を送り届けた後だ」
ガーガと話していた内容は伏せようと思ったが――
「そういえばガーガと話していたんですよねぇ?」
口調こそ疑問形だが、中身としては確認を促している物だ。
つまり隠し事は無駄という事だ。
「俺言ったか?」
「ええ、大谷君が覚えていない夢で」
「便利だな」
というか隠し事ができないという事だろう。
その思いが表情に出ないように押し殺す。
ヒュプノスはというとその思いを見抜いているかのようにクスクスとわらっている。
「ならなんで聞くんだと思ってますねぇ?」
「まぁ」
頷く。
知っているならわざわざ聞く必要などないはずだ。
そこまで長く付き合っているわけではないが、こういう無駄のようなことを好んでいる節がある。
「思っていることと話すことは違うでしょ?」
「まぁ、な」
思っていることを全部話す奴がいるならそれはかなりの変人だし、危ないやつだ。
思っていても口に出したり、行動に移したりしたら罰せられることがある。
罰せられることがなくても信用といわれる物が失われていくだろう。
思っていることは嘘やごまかしが入らない正直なものではないかと思う。
「思っていることがわかるならそれでよくないか?」
「いいえ、ちがいますよぉ」
どこか楽しそうにヒュプノスは語る。
車間距離をしっかりとり加減速もなく、低く唸るようなエンジン音が響く車内。
楽しそうな声色でヒュプノスは話す。
「人の思考は言動で変わっていくんですよ」
「……」
押し黙りその内容を噛みしめるように聞く。
「言ったことを嘘にしないように行動し、それは正しくそれを思ったことになり、思考は変化し言動に影響を与えます」
「そうなのか?」
クスクスとヒュプノスが笑う。
横顔をうかがうしかできないが、どこか達観しているような笑みだ。
「ええ、心が嘘をつくことはよくあるんですよぉ」
笑みの形自体は変わっていないが、超越者と同時に母親のように穏やかな笑みのようにも感じる。
「心が嘘をつく……」
「だからちゃんと大谷君の言葉で聞かせてほしいですね」
ため息を一つする。
向かう先は県を一つ挟んだ場所だ。
それなりに時間があるため全く問題ないだろう。
「じゃあ、知っていると思うが木下の母親が遠く離れた場所で拷問されて殺された、らしい」
「凄惨な事件ですね」
ああ。
とうなずきながらガーガから聞かされた情報を整理がてら話す。
「母親……早乙女弥生は木下を捨てた後ごく短期間で再婚し、それに合わせて遠く――殺された場所に引っ越ししたらしい、再婚相手は大量の血液と両腕を残して残りのパーツは昨日の時点では見つかってないらしい」
「……大分異常な事件ですねぇ」
ヒュプノスのその意見に同意する。
一言で言ってしまえば異常な事件だ。
疑問点が多すぎてどこがおかしいのかあいまいになっているように感じる。
それはそうとして。
と前置きをして江種の方の話に移る。
「この殺人事件は異常すぎて向こうの警察でもあまり大々的に報道しないようにさせているらしい、が警察も把握しきれていない木下をかぎつけてやってきたのが江種だ」
「まぁ、鼻が利きすぎる気がしますねぇ」
公的機関すら把握しきれていないかつての娘をかぎつけただけでも異常だ。
だが、それ以上におかしな点がある。
「なんで数年以上離れて暮らしている娘に来たんだ?」
「……まぁ、確かにそれはありますねぇ」
殺人事件について調べるなら数年前に捨てた娘に接触するより、職場の人間にでも当たった方が良いだろう。
だが、わざわざ木下を探っているのはおかしい。
そう考えているときヒュプノスが考えを話す。
「でも母親としてどんな存在だったのかを捨てた娘から聞くとかインパクトありませんか?」
「……なるほど」
殺人事件を調べるわけではなく、耳目を引く記事という見方なら確かに木下に取材を行う意味はあるだろう。
あくまでも説明ができるというだけだが。
「取材に来た意味はそれで説明できるかもしれないが、来ることができた理由となると謎が多すぎる」
そう、謎なのだ。
過去を捨てた人間の過去を調べてたどり着いてくるのはおかしい。
となると自然な理由は二人が親子であるという事を知っていた昔からの関係者を疑われる。
「だから木下がかつて暮らしていた街に向かってちょっと調べ物をするんだ、だってガーガですらかつての木下の顔写真一つ手に入れることができなかったから」
「そして、その際に可能性は低いでしょうが江種が襲ってくるかもしれないから私に話を持ってきたわけですね」
「ああ、手を貸すつもりなのに手間をかけさせたら悪いからな」
その言葉にヒュプノスは苦笑する。
「わたししか思い浮かばなかったとはいえ図々しくなりましたね?」
「……ほかに適切な奴が思い浮かばなかったんだよ」
まぁ、頼られるのは悪い気がしませんねぇ。
と嬉しそうにヒュプノスは笑って追い越し車線に移るためにハンドルを切った。
明日も頑張ります。