第四話
間に合いました。
翌日の登校中、明らかに挙動不審な陽川を見つけた。
仕草から見るとどうも鞄を気にしているようだ。
その様子に苦笑に近い表情を浮かべて陽川に近づき挨拶を行う。
「よう、陽川早いな」
「あ、ああ、大谷か、今日はちょっとな、あんまり気にするな」
よく見るとそのかばんのふくらみがおかしい。
外ポケットが少し膨らんでいる。
余計なものを持ち込まないはずの陽川にしては珍しい。
とそう思いながら観察する。
するとガーガが変身したマスコットと大体同じくらいのふくらみだ。
「本当かぁ?」
「……く」
呻くような質問じゃないと思うが明らかにうろたえている。
学校に勉強に関係のない物を持ち込むこと自体に忌避感があるのだろう。
それについてフォローすることは難しくないが、まともではない活動を行うことになるので面の皮が厚くなる必要があるだろう。
この程度なら開き直って問題ないだろうし、陽川がやりたいことも察しが付く。
だから今は深く追求することはやめた。
「ならいいけどな」
そう言って視線を外すと、詰めていた息を吐きだすのがわかる。
どうしようもなりそうにない状況になる前に助け舟を出すために気にしておこう。
そう考えながらちょっと挙動不審な陽川を置いて学校に急ぐことにした。
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「おはよう、亜守」
ヒラヒラと手を振りながら線の細い美少年――月宮が挨拶してくる。
平均的な体格の俺から比べても細いとわかる体躯だ。
しかし病的な感じはせず計算されたように整っている。
短めに整えられた髪は母方の遠縁からの血だとかでかなり色素が薄い。
目も同様に日本人だとなかなか見ないような青だ。
「おはようさん」
それなりにながい付き合いのためぞんざいに近いような扱いで挨拶をする。
クラスの女子はその気軽に声を掛け合っている様子に歯がゆいような視線を向けるが無視する。
面白半分でいじっていた奴が変わったから手の平返そうという魂胆が気に入らない。
「ねぇ亜守……」
「あん?」
俺を心配するような口調で話しかけられたので耳を傾ける体勢に移る。
色々マイペースな奴だがごくまれに本質を言い当てるようなこと言う。
「あんまりそういう顔をしない方が良いよ」
「……分かったよ」
両手を軽く上げて降参のジェスチャーを行う。
その様子に月宮は薄く笑う。
「それにしても陽川さんと来てないって珍しいね」
「まぁな、風紀委員の仕事がないなら似たような時間につくように自然になるからな」
家がそれなりに近く方向も同じ、そして幼馴染となると自然と生活リズムが似てくる。
俺が部活でもやれば変わるんだろうが、何となくピンとこないためにそのままズルズルとこんな関係だ。
「じゃあ、きょうは何かあったの? あれ? でも今日って風紀委員でも何もなかった気が……」
「あー、とだな」
そこで少し悩む。
色々話してしまった方が展開ははやくなるだろう。
だがさじ加減としては明らかにやりすぎという感覚はある。
妙な幻想だといわれてしまえばそうだが、二人で詰めるべき距離という物はあると思う。
最低限もう少しお互いに意識しあってからの方が良いだろう。
「高二デビュー? みたいなものか?」
「なにそれ?」
言った俺もそう思う。
しかし、お堅い印象の人間が急にファンシーなぬいぐるみをつけてきたのならそれくらいのインパクトはあるかもしれない。
まぁ、大体において杞憂になるものだろう。
最初こそ好奇心の目で見られるだろうが三日もすれば日常になり、人物評も更新される。
陽川は少し向けられる期待に応えようとしすぎる気がする。
そんな陽川が月宮に好意を向けている。
「まぁ、少しは変わろうってことだろうな」
「ふーん」
昨日の事がなくとも陽川と月宮の間を取り持つつもりだった。
それに月宮と陽川がくっついたならいまだにチラチラ向けられる視線も減るだろうとは思う。
相性がいいか悪いかなんてわからないがどちらの友人でもあり続けるつもりだ。
我ながら無責任だと心のうちで自嘲する。
「どうしたの? 面白い顔しているけど」
「……わりと月宮もズバズバ言うよな」
そお?
などと小首をかしげて聞き返してくる。
「さて、陽川はいつ頃――」
といった時だ。
あたりが暗くなる。
「なんだぁ? 急に天気でも悪くなったのか?」
「いや、天気予報だと今日はずっと晴れのはずだけど……」
などの困惑する声がそこかしこから聞こえる。
だがよく見ると違う、明るさが落ちたのではなく色の鮮やかさが落ちているのだ。
そしてこの光景は見たことがある。
きのう陽川が戦っていたあの空間だ。
ガーガの口ぶりではある特定の条件がないといけようだったがクラスの全員が戸惑っている様子だ。
「……一体何が起きているの?」
不安げに月宮がつぶやく。
段々とクラスの人間たちもただ天気が悪くなって暗くなっただけじゃないという事に気付き始める。
世界はモノクロになり、俺たちと植物くらいしか色がついていない。
そうしているうちにクラスで一つの驚きの声が上がる。
「おいいつの間にかスマホがネットにつながってないぞ」
別にそれほど大きな声ではないが、教室に響いた。
一拍空白に近い空気が流れる。
「こっちもだ!!」
「私のもダメ、どうして……」
それは教室の中でうねるように広まり、パニック一歩手前の緊張感が満ちる。
あと少しで何か終わる。
そう覚悟を決めていると――
「おい!! アレなんだ!?」
誰かが窓の外を指さす。
その先には――
「なんだあれ……」
呆然とつぶやく。
指さされたソレは一言で言うなら巨大な山羊だ。
それも金属で作られた民家より背の高いありえない山羊だ。
その山羊は地面に蹄を何度もこすりつけるようにして足踏みする。
その動作は前に走る前動作にも見える。
進行方向は校舎だ。
あの巨大な存在が体当たりをしてきたらただでは済まないだろう。
祈るように眺めていると――
「来たっ!?」
嫌な予感こそ当たるようで山羊は校舎に向かって突撃してきた。
明日も頑張ります。