第三九話
できました。
「恥ずかしい話なんであまり言いたくないんだが……」
意を決して話す。
その話を聞く江種はかぶりつくような姿勢だ。
異常な様子に本気で引きながら話す。
「その、校内でデッカイぬいぐるみを見つけてな」
「はぁ?」
相手の顔に明確な疑問が浮かぶ。
良い傾向だと思う。
そう思いフェイク交じりの話をする。
「どこからどう来たのかは知らないが木の上に引っかかっててな」
恥ずかしそうにボソボソという。
江種のテンションが明確に下がっていく。
おそらく頭の中で何がどうすれば木下と少し親しくなるのかという経路を必死に考えているはずだ。
「で、取ったはいいけど落ちてなぁ、こう尻に敷いてしまったわけだ」
尻もちをつくような真似を行う。
江種はもはや憐れむような目で見ている。
「で、たまにないか? とっさにぬいぐるみに声かけるような奴、踏んづけて安否をなぜか聞いちゃうような奴」
そこで息を整えて言い切る。
「その場面を見て逃げられたから追いかけて口留めのために話しかけたのが始まりだよ」
「へ、へぇ」
江種は何とも言いづらい表情をしている。
正直なとこと俺もこんなヨタ話に近い物を話されたら半信半疑だろう。
どちらかというと八割疑うというのが近いが。
「それはいつの話ですか?」
なので確認のためにボロが出ないか質問が来た。
嘘と本当が混じった話なので気を引き締めて答える。
「確か二日前だな」
「へぇ、案外最近なんですね」
「まぁな、さっきの出来事がなかったら話しかけなかっただろうし」
そのこで江種は押し黙る。
俺の嘘を見破ろうとしているようだ。
だが、そこには嘘はない。
なので堂々としている。
「なるほど、それでそのぬいぐるみは?」
とりあえずおかしいとは思われなかったようだ。
まぁ、出会った時期でおかしいと思われるのは流石にあり得ないが。
「目立つ場所に置き直したら知らない間になくなっていた、持ち主に拾われたんじゃないか?」
「待ってわざわざ木に登って取りに行った代物を捨てたの?」
慌てたように江種は疑問をぶつけてくる。
まぁ、その感覚はおかしくはないと思う。
だがそれはある面から見た話だ。
「だって学校に不要物を持ち込んできた人間が居るってことだろ? 教師にもっていったら没収されるオチだ、落とした奴に返るのが一番だ」
「……」
その返答を江種は興味深そうに聞いている。
ここの下りは完全に嘘なので半ば祈るような気持ちだ。
そして――
「変わった人ですね」
「だからすこしだけだが木下と仲良くなれた」
その返答は流石に予想外だったようで江種は虚を突かれた表情をする。
そして急に立ち上がり――
「ちょっとお手洗いに!!」
と一方的に告げて席を立った。
何が起きたのかわからずただ頷いた。
「……あ、あぁ」
呆然とうなずきながら言葉を漏らす。
立ち上がる一瞬そこで見えた表情は怒りだ。
俺を射殺すような視線で見て、歯を食いしばり眉を立てる。
本当に一瞬だけだが怒りとしか表現できない表情をしていたのだ。
そうだとするなら記者が浮かべる表情としては異常すぎる。
感情を荒げるのは何らかの思い入れがないとおかしい。
「……一体何なんだよ」
そうして頭に浮かんだのは、木下の関係者じゃないかという考えだ。
思い浮かんだその言葉で背筋に冷や汗がジワリと浮かぶ。
考えてみたら名刺程度なんていくらでも作れる。
江種を名乗る人物について考える。
この時期に木下について調査をしてくる個人的な思い入れのある人物。
「もしかして……いや、さすがに違うだろ」
口では否定するが血の気が引いていく。
木下の母親を拷問して殺した犯人の可能性があるのだ。
もしそうなら俺も危険だ。
そしてそれ以上に木下に何をされるか分かったものではない。
「通っている学校は知られた……という事は尾行すれば木下の家はばれてしまう」
人を殺すことまで行った人物が木下の住所を知ったならどうするか?
ただろくでもないことになるのだけは想像できる。
ガーガに頼るのもありかもしれないがそのためにはこの場を切り抜ける必要がある。
そしてできるなら決定的な証拠を聞き出し警察に渡すことだと思う。
「……落ち着け、落ち着け」
いまだにボイスレコーダーは回っており思い返せばそれほどおかしなことは言っていないと思う。
それも含めて考えをまとめる。
江種はおそらく木下に対して何らかの思い入れがある人物であると思う。
化けの皮が剝れたそのきっかけになった言葉が、木下と仲良くなったという言葉だろう。
それまではおそらくクラスメイトとして仲が良いとも取れた。
だがあの流れによって個人的に仲が良くなったと取られたのだと思う。
そして何よりそれからたった二日で仲良くなったというのも激昂したポイントだろう。
「それにしても遅いな」
ふとそう呟く。
実際かなり席を外している.
かといって勝手に帰っても後々面倒なことになりそうだ。
だからじっと待っていると、最初に会った時のように整えて戻ってきた。
元々疑問に思ってなかったらさっき見た表情は気のせいだったと思えるほどだ。
「すいませんね」
「いや、良い」
ゆっくり首を振って否定する。
それに対して江種はニコリと笑みを浮かべて――
「すいませんがすこーし用事が入りまして、電話番号を教えてもらっていいですか?」
「……」
電話番号をおさえられるのはまずい。
「いや、ちょっと難しいな、初対面の人間に教えるのはちょっと」
「……」
左の指が机をかすかに叩いている。
音が出ない程度だが明確にイラついている様子だ。
が、それに気づかないふりをして話を進める。
「その伝えたいことがあったら名刺に書かれている電話番号にすればいいですよね?」
「そう、ですけど」
ジワリと言葉の端々に不満をにじませる。
時間を置きたがっているのはおそらく高ぶった感情を納めるための時間が欲しいという事なのだろう。
そう考えると余計な情報を与えないようにして別れる方が良いと思う。
あまり煽りすぎて本格的に逆上されたら危険すぎる。
「なら最後に一つだけ」
「どうぞ」
これから去れる質問が江種が知りたかった質問だろう。
それまで曖昧に断るとどこまで怒りが積もるか分かったものではないので促す。
その俺の返事に対して軽くうなずいて江種は質問してくる。
「木下ちゃんについて言いたくなかったことって何?」
ここであまり小さなこと過ぎても疑惑を持たれるだけだ。
そしてその逆もありえる。
だから俺はじっくりと溜めて言う。
「両親が離婚して、残された方のつてを伝ってこの街にきて入学した」
正確には違う。
が、離婚したというのはどんな俺たちのような歳の人間じゃなくてもはばかられる話題だ。
だからそれほど違和感を感じなかったのか、一つだけうなずいて片方の伝票をもって江種はレジに向かって行った。
その後ろ姿を見送って、ようやく一息ついた。
しっかり休んだ後で俺もまた伝票を手に席を立った。
明日も頑張ります。