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第三八話

できました。

 ガーガと別れたその時だ。


「そこ君……ちょっと待って!!」


 唐突に声がかけられる。

 その声は低めのハスキーな声だ。

 そちらを見るとこちらを安心させるためか歩いてくる人物が見える。

 レディース物の黒いパンツスーツを着ており、髪型は滑らかに伸びる腰まで届く微かに茶が混ざったロングヘアだ。

 逃げる理由はないので待つことにした。


「すいませんね、こんな時間に」


 俺のすぐわきまで来た人物は会釈してくる。

 その表情は垂れ目気味の目をしなやかに緩ませた微笑だ。

 手には白い薄手の皮手袋をして、ハイネックタイプのブラウスに黒いノーカラーのジャケット。

 スーツの上からでも豊かなボディラインがわかる。

 そして手にしたバックから名刺入れを取り出して名刺を一枚差し出してくる。

 そこには――


江種 伊織(えぐさ いおり)さん、ですか?」


「ええ、そうです」


 江種は柔和に笑いながら頷いた。

 職業にはフリージャーナリストと書かれている。


「その、それで江種さんはなぜ俺に声を掛けたんですか?」


 何か嫌な予感がする。

 だが立ち止まった手前ここで急いで離れると逆に粘着されるかもしれない。

 そう考えて名刺と本人の顔を行き来する。


「木下ふたば――ちゃん、そう言ってましたよね?」


「 あ、はい」


 何となく察してはいたが正にその話だったようだ。

 頭の中で江種への警戒度が跳ね上がる。

 見た目は物静かそうだが、職業が職業だ。

 妙な記事につながりかねない。


「身構えたという事は知り合いですね?」


「……」


 考える。

 ここで肯定すればいいのか、それとも否定すればいいのか。

 肯定したらしつこくつきまとわれる。

 否定してもつきまとわれるだろう。

 なら手は一つだ。


「クラスメイトですけど?」


 嘘ではない事実でとぼける。

 クラスメイトであるなら名前くらいは知っている。

 そして名前以上を知っているかどうかは望み薄だろう。


「そう、ですか」


 明確にテンションが下がった。

 が、その視線はまだ俺をじっと見ている。


「この後時間って少しもらえますか?」


 取材に入るつもりだ。

 あまり絡まれるのは気持ちがいいものではない。

 だから退けるために断ることにする。


「いえ、ないですね」


 そう言った瞬間、江種の目はニコリと笑みを浮かべた。


「そんなこと言わず少しだけなんでお願いしますよ、謝礼も少し払いますよ」


「いらないですって」


 それに。

 と言葉をつなげる。


「そんな大したこと知らないですよ」


「へぇ、大したことを話さなくてもお金がもらえるかもしれないのに蹴るんですね?」


「ぅ……」


 迂闊だった。

 そんな後悔を噛みしめる。

 続いて江種はそのままの浮かべたまま話を続ける。


「そもそも最初の対応がおかしいんですよねぇ」


 背筋に冷や汗が浮かぶ。

 必死に対応を思い返す。

 そこまでおかしな対応をしていなかったはずだ。

 だが、そんな思いはあっさり粉砕された。


「いいですか? この手の職業の人がただのクラスメイトの名前を出したなら普通は食い付いてくるんですよ」


 表情を必死に抑え込む。

 俺は最初から会話を打ち切るために動いていた。

 しかし考えてみれば、何も知らない人間なら多少は話を逆に知りたがるはずだ。


「つまり私たちのような人間に知られるとまずいことを知っている人になるんですよ」


「へぇ」


 負け惜しみのようにそう呟く。

 が、江種は大して気にすることなく話を続し続ける。


「絶対に聞きだしてやりますからね、絶対にです」


 頬は上気して、目も熱でも出ているように虚ろだ。

 その狂気に近い表情を見て思わず一歩下がる。

 暴力的なわけではない。

 が狂気に踏み込んだ情熱は危機感を与えてくる。


「ええ、いまお話が聞けないならどんな手段ででも調べ上げて、後悔することになるかもしれませんよ」


「わかった、わかったから」


 プライベートをどこまで調べられるか心配になってきたので話をすることにする。

 倫理観なく調べて、それで脅されるより満足する程度に話をした方が良い。

 そう判断した。


「ご協力ありがとうございます」


 先ほどまで見せていた狂気はなりを潜めて穏やかに軽く笑う。

 そのことに恐ろしさを感じながら大人しくついて行くことにする。


=====


「ああ、うん、ちょっと急用ができて、うん大丈夫ー」


 スマホの通話を切る。

 親にさらに帰宅が遅れることを伝えた。

 場所は通りに面したファミレスだ。

 伝票は分けてもらってドリンクバーを二つ頼んだ。

 ここなら江種がいきなり暴れても逃げる事ができそうだからだ。

 向かいあって座るが、四人かけのテーブルの通路側に陣取る。

 すぐ立ち上がれるように。


「さて、録音させてもらいますね」


「嫌だって言ったらどうする?」


「ちゃんと筆記できるまで聞き直します」


「……分かったよ」


 俺の頷きを確認した後で江種はボイスレコーダーの電源を入れる。

 録音中を示す赤いランプが点灯したのを確認してようやく江種は話始める。


「さて、それでは話してもらいますね」


「あぁ」


 ここまでくる間に話すこと、話せないことを考えてきた。

 そしてその話せることでも、普通は言うのははばかるような内容である必要がある。

 その上で説得力のある設定を持たせないといけない。

 基本的には知り合いであり、噂好きの人間から聞いたくらいが妥当だと思う。

 なので気を引き締めて江種の言葉を待つ。


「そうですねぇ、木下ちゃんとはどんな関係なのですか? もしかして――」


 ため息交じりで否定する。


「ただの知り合いだよ、たまに話す程度のな」


「へぇ、そうなんですか?」


 気のない風で俺の言葉に江種はうなずいた。

 しかしその目はじっと俺を見ている。

 どうやら不審な行動をしないのか監視しているようだ。


「教室ではどんな様子なんですか?」


「どんなって……」


 思い出す。

 そして教室での木下はそれほどおかしな行動をしていないので素直に伝える。


「目立たない方だな、勉強も運動も普通、誰かと積極的に話すことはないな」


 その言葉を聞いて江種は眉をかすかに反応させた。

 と言っても軽く引き上げてすぐ戻した程度だが。

 つまり俺がさっき語った内容はその程度には感情を動かす情報だったわけだ。

 内心マズイとおもう。

 が、その程度も話せないというのはいかにも不自然だ。

 一瞬聞き返すべきかとも思うが、何とか疑問を飲み込む。

 興味があると思われたら面倒だ。


「それでなんで積極的に話すようなこともない人と、たまに話す程度まで親しくなったんですか?」


 来た。

 当然の疑問だ。

 江種は俺の不自然な場所を、嘘を見抜くつもりなのかじっと見つめている。

 気のせいかもしれないが目に狂気じみた好奇心が感じられる。

 ここでこれ以上の不信感を持たれたらろくなことにならないだろう。

 だから覚悟を決めるようなふりをして話しづらい事を話すように口を開いた。

明日も頑張ります。

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