第三七話
出来ました。
少し離れて木下を家まで送り届ける。
見た目はよくある一軒家だ。
少し離れて物陰で中に入るまで見ていることにした。
二人だけで住んでいるならかなり広めだが不自然ではない。
木下はインターホンを押してしばらく待っている。
「あれ? 鍵を渡されていないのか?」
年齢からすると少々不自然だ。
玄関が開かれると木下は軽く頭を下げて入った。
それと入れ違いに木下の祖母らしき人間が出てきて鬼気迫る様子であたりを見る。
見つかるわけはないと思うが、一応さらに身を引く。
「……」
そのまま俺の家へ帰ることにする。
思い返すのは木下の祖母の異様な行動だ。
まるで仇を探すような行動だ。
ここ数日で得体のしれない危険な相手と何度も顔を合わせてきた。
そいつらとはベクトルが違うが得体の知れなさは比肩できるほどだ。
身内の無事を確認するというより、囚人を監視しているような行動だ。
「……複雑だよなぁ」
ポツリと言葉を漏らす。
その独り言は静かな夜空に呑まれていった。
木下が置かれている複雑な状況の一端を見たことによる不安。
そしてもう一つの唐突に生まれたドロドロとした感情の置き所に戸惑っている。
「アモリ」
すると聞き覚えのある声がする。
そちらを見るとパステルイエローのニワトリがいる。
自販機の上にとまっている。
「ガーガか、こんなところでどうした?」
「見回り兼情報収集をしていた時に見かけたから話しかけた」
もうずいぶん声を聞いていなかった気がする。
低く落ち着いた声は不思議そうに声をかけてくる。
「それにそのセリフはガーガも言うぞ、こんな場所で何をやっているんだアモリ?」
「ああ、木下を送ってきた」
その返事を聞いてガーガは納得したのか首を縦に振る。
ニワトリの為かどこかえさをついばんでいるような印象を受ける。
「そうか、そういえばこの先だったな」
そこで俺をジーっと見てくる。
何となく視線を外してしまう。
それを見てガーガはため息交じりに告げてくる。
「深入りし始めたみたいだな……」
「ぅ……」
その言葉通りなので何も言い返せず言葉に詰まる。
するとガーガは話を続ける。
どこかガーガも覚悟を決めているようだ。
「フタバを捨てた母親についてだが、遠くの地で再婚したことが分かった」
「なに?」
中学卒業付近で捨てられてこちらに来たのでまだ二年も経っていないことになる。
再婚していたとしてもおかしくはないが、さすがに少し早い気がする。
「……さらに驚くこと言うが、フタバの母親は殺されている」
「は?」
あまりに展開が早い。
つまり再婚後おそらく一年もたたない間に死んでしまっている。
「その話を聞くと木下には何か憑いている気がするな」
「怖気づいたか?」
「いいや、今のところは」
そこでガーガは俺をじっと見る。
その視線はちゃんと受け止めることができた
軽い掛け声と共にガーガは自販機から飛び降りた。
「確度が高い事以外は言わない方が良いだろうから、言えることはあと名前くらいだな」
「なるほど……」
頷いているとガーガは言いにくそうに言葉を足してきた。
どうやらいうべきかどうかを現時点でも迷っているようにも見える。
「名前を知ってしまえば調べるのは難しくないからいってしまうが、母親――早乙女 弥生は拷問を受けて殺された形跡がある」
「は?」
今度こそ思考が真っ白になる。
殺されただけでなく拷問を受けたというのはどう考えても異常すぎる。
それもなにか特殊な立場であるならまだしもただの主婦のはずだ。
だからガーガに確認をとる。
「一応聞くが、ただの主婦だよな?」
「ああ、調べた限りはな」
そしてガーガはさらに恐ろしい事を口にした。
「そして犯人はまだ捕まっていない」
「おいおい」
おそらくというかほぼ間違いなく木下も巻き込まれる流れだ。
下手をすると俺も危ないかもしれない。
そう思っているとガーガからフォローが入る。
「遠く離れた地と言っただろう?」
「な、なるほど」
ガーガの口ぶりからするとかなり離れた場所の事件らしい。
それは間違いなく朗報だ。
落ち着くために一つ深呼吸をする。
だ、そうするとある疑問が浮かぶ。
「拷問した理由が木下の居場所を探すためだったのなら危ないんじゃないのか?」
「少し気にしすぎな気がするが、フタバがいま身を寄せている場所である祖母の家だが一度引っ越しを挟んでいる、ヤヨイの話からだと追いかけるのは難しい」
「なるほど」
そこまで聞いてようやく安心する。
が、ガーガの表情はどこか渋い。
おそらく別の問題があるのだろうとあたりをつけて質問する。
「他にも何かあるのか?」
「これはかなりプライベートな話だが、アモリさっき言ったように失踪から再婚までの流れが早い」
「まぁ、何となく程度だけだがな」
その言葉にガーガもうなずき同意する。
あり得ないわけではないが早すぎる。
「だからガーガはフタバの母親ヤヨイとその再婚相手はあらかじめ繋がっていた、つまり浮気をしていたのではないかと考えている」
さっきまでのサスペンス風味とは違う方向で危険な雰囲気がしてきた。
だからガーガをじっと見つつ問いかけた。
「証拠は?」
「確証はない、だからこれから調べる、でも一応伝えておいた方がいい話だと思ってな」
「分かった、ありがとう」
あまり長話をするのもまずいので、とりあえずこの場は解散することにした。
いきなり伝えられた様々な情報の咀嚼をしながら家へと急いだ。
明日もがんばります。