第三三話
できました。
すっかり陽が落ちて、夜になった保健室の中。
白々しい蛍光灯の中ヒュプノスと会話する。
木下はまだ眠ったままだ。
「ウーラヌスは私が過去を知っていると思い込んでいるようですけど、満足する答えは手に入れることができないですねぇ」
「それで殺されるこっちは無駄死にってならないか?」
ごく真っ当な意見をヒュプノスにぶつける。
するとヒュプノスはうなずいた。
「その通りです、命だけ失って大物を無駄にして、結局は大谷君を殺されて怒った陽川ちゃんにズドンとされて終わりですねぇ」
緊張感のかけらもない口調でとんでもないことを平然と言い切られる。
そして相手も何も得ることなく倒されるというほぼ最悪な結末だ。
「それを直接伝えたら――いや、無駄か」
まずまとも取り合わないだろう。
生き残る可能性があるとすれば。
とわずかな望みをかけてヒュプノスに視線を向ける。
が、当のヒュプノスは呑気に笑いながら答える。
「わたしが真正面から戦って勝てると思いますか?」
「だよなぁ」
正直なところ相手は超が付くほどの武闘派だと思う。
それに対してヒュプノスは上背こそあるが性格的にもそういうのは苦手そうではある。
「という事は二人で何とかしろってことか?」
「木下ちゃんを巻き込んでもいいと思うけど?」
「ダメだ!!」
自分でも驚くほど鋭い声が出た。
その様子にヒュプノスが苦笑を浮かべる。
まるで小さな子がかわいいわがままを言ったようだ。
「せっかくだから大谷君が何か考えますかぁ?」
といつのもの調子でとんでもないことを言い出した。
さすがに渋い感情を込めた半目でにらむとくすくすと笑いながら流された。
「というのもウーラヌスはわたしを警戒しているでしょうから、わたしの策だと見破られる可能性がありますよぉ?」
「そういって面倒なことを俺に投げようとしているだけじゃないだろうな」
その言葉に曖昧な笑みを浮かべてヒュプノスは笑う。
俺はそれを肯定と受け取ってにらむ。
がヒュプノスはいっそ楽しそうに俺を見ている完全に傍観するつもりらしい。
自分自身の命すらあまり重要視していないのは異様だ。
「ヒュプノスはその状態で何ができるんだ? そしてウーラヌスは何をしたら死ぬんだ?」
俺が乗り気にならざるを得なかったのを楽しそうに笑いながらヒュプノスは話始める。
それはどこか式の前提条件を話すように淡々としている。
「まずわたしは今は五感の一つを上書きできます、ただ気づかれたらばれます」
「さっきみたいな感じか」
その言葉にヒュプノスはうなずいた。
視覚上書きして避けたが、見破られたから無効化されたのだ。
「あとはまぁ、倒すのは無理ですが避けるのなら多少はできますね」
「なるほどいいこと聞いた」
少ししのげるのとまったくしのげないのでは対処法が全然違うからだ。
ヒュプノスは指折り数えながら話を続ける。
「あとはわたしもウーラヌスが行っていた世界は多少張れますねぇ」
「範囲はどれくらいだ?」
「この街位でしょうか?」
多少の範囲が違いすぎて頭がくらくらする。
が、考えてみればヒュプノスたちはそもそも世界規模の相手だった。
つまりそこから考えればこの街位しか覆えなくても十分すぎるほど小さいのだ。
「あと、ウーラヌスもそうですけど基本的には人が死ぬようなことになれば死にますねぇ」
「なるほど」
そこでヒュプノスと同時にウーラヌスも倒せる方法を考えようとすると――
「あ、もちろんわたしが危なすぎる方法は拒否しますからね」
「……わかってるよ」
「本当ですかぁ?」
どこか俺の反応を楽しむような口調で見てくる。
それに対して思わず視線をそらしてしまう。
「まぁ、良いです、さて大谷君はどうやってウーラヌスを倒しますか?」
じっと考えるがおそらく時間はそこまでない。
だから一つの事をヒュプノスに向かって聞く。
「あいつはどれくらいで再度襲ってくるとおもう?」
「そうですねぇ、割とせっかちですからほとぼりが冷めてすぐ今夜の深夜零時じゃないでしょうか?」
「零時まで……」
今が大体六時くらい。
準備時間はあと約六時間。
じっとヒュプノスのずば抜けて高い身長を見てあることを思い浮かべる。
「一つ、考えがある」
「へぇ、なんですか?」
「そのためには円じゃなくてこう学校とホームセンターを繋ぐように細長くあの空間をはりたい、そしてもう一ついや、二つか」
ヒュプノスは不思議そうな表情を浮かべる。
が、どこか楽しそうでもある。
「室内プールの水の抜き方と車の運転ってできるか?」
その質問にヒュプノスはしっかりとうなずいた。
=====
「さーてできましたねぇ」
「ああ、時間がかかった気がするが、なんだかあっと言う間だったような気がするな」
二五メートルプールの脇で二人でへたりこむ。
プールからは完全に水を抜かれており、所々乾いている。
水泳部が年中使っているおかげかきれいなモノなのが幸いだった。
周りには密閉できるポリタンクがいくつも並んでいる。
間に合うか微妙だし正直かなり危険な作戦だ。
下手をすれば俺もヒュプノスも死ぬ。
用意した道具の片付けも何とかできたのが幸いだ。
と言ってもホームセンターから無断で借りてきた資材搬入用の軽トラの荷台に山積みしている状態だが。
「あとどれくらいだ?」
「もういつ来てもおかしくないですね」
「準備中に来なかったのが幸運だったな」
ポツリとそんなことを漏らす。
そうするとヒュプノスが答える。
「陽川ちゃんの方ばかり気にしていたでしょうから私は大丈夫だと思いましたよ」
「そうなのか?」
そんな様子はなかったが、ヒュプノスはウーラヌスが陽川を監視していると踏んでいたらしい。
だからヒュプノスに聞き返す。
「言ったでしょう? ウーラヌスはどこかリスクを避ける老人なのです、私たちだとウーラヌスは真正面からは撃破できません」
「だから、気づかれたら一発で消し飛ばしてくる可能性がある陽川の方を気にしていたのか」
「間違いなく安全だと思えるまでたっぷり行ったわけですねぇ」
その慎重さのおかげでここまで問題なく用意ができたのだから幸いだった。
時計を見ると零時まであと少しだ。
「ハハッ、こんな目立つところにいるんだもん、探したよ」
と甲高い声が唐突に聞こえた。
ウーラヌスだ。
同時に色彩が抜け落ちた例の世界が広がる。
続いて窓から遠目に見えるのは――
「サソリ……か」
特徴的な尻尾を持つ巨大な影が見える。
俺のその言葉に対してウーラヌスはニヤリと笑い。
「さて、ヒュプノスぜんぶはなしてね」
「最後の警告ですけど、特にいうべきことはないですってウーラヌスには」
そんなどこか引っかかる言い方をする。
が、当のウーラヌスは激昂し始める。
「嘘だ!! ぜったいなにかしてるはずなんだ!!」
そして物陰から飛び出てヒュプノスに飛び掛かる。
ヒュプノスはポリタンクを蹴り上げてウーラヌスに飛ばす。
「無駄だっ!!」
それを拳一つで粉砕する。
すると中から透明な液体が飛び散りかかる。
「さて、火だるまになったらどうですかぁ?」
と言ってヒュプノスは懐からマッチを取り出し擦る。
着火したそれをウーラヌスに投げる。
それに対してウーラヌスは馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「言ったでしょ――」
そのままの勢いでマッチを殴った。
すると火が消えた。
「無駄だって」
「風圧で消すとはやりますねぇ」
セリフとは裏腹に余裕を見せてヒュプノスはプールに向かって跳んだ。
「待て!!」
そう叫んでウーラヌスもプールの中に飛び込んで戦いは次のステージに移動した。
明日も頑張ります。