第二八話
冒頭の文章はあくまで適当です。
土着信仰という言葉があるように『場所』と『神』には密接な関係がある。宗教上の聖地とされる場所は禁足地を含めれば数限りないほど上げられる。それどころか地形そのものを御神体、あるいは神そのものであると信仰の対象にしている例が用の東西を問わずにある。これをわたしは神が宿る地『カミヤドリ』と呼んでいる。
また桜の命が短い理由やある種の動物に骨がない理由など動植物の由来に神話や伝説を用いられる例は世界中に見られる。それは特殊な動物であればあるほど深く神話に関わっている。すなわり神話にはその場に生息している動植物もまた成立し語り継がれることに大きな役割を持っている。これもまた『カミヤドリ』を構成する大切な存在である。
であれば、神話すなわち神を忘却の彼方に押し去るならば『カミヤドリ』をこわし、そこに生きる動植物を枯らし荒廃させれば大きな一歩になるだろう。
――原戸 寺目『隠された信仰とその軌跡――カミヤドリを追って』
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保健室の扉をノックする。
すると明るい声で返事が来る。
「どうぞ」
「失礼します」
中に入るとスーツの上に白衣を着たヒュプノスがいる。
豊かな髪をおさげのようにまとめている。
時間は放課後。
入り浸っている人間は見当たらずヒュプノス一人だけのようだ。
ガーガにも相談できない内容なのでヒュプノスにもってきた。
「話をしたい」
「なるほど、ではすこし待っていてくださいね」
俺の脇を通って扉にある札をかけた。
そこには相談中なので開けないでほしいという札だった。
「これで大丈夫ですね」
「その、すまん」
素直に頭を下げるとヒュプノスは驚いた顔をする。
その後俺の顔を見て、心配そうに話しかけてくる。
「大丈夫? 変なモノ食べてない?」
「どういう意味だよ、感謝する時は感謝するさ」
そう言った俺を一瞬だけ驚いた表情で見る。
そのあと警戒心を解かせる朗らかな笑みを浮かべ。
続いて俺の頭に手を置いて撫でてくる。
「うんうん、素直なことは良い事ですよぉ」
「いや、子供じゃないんだぞ」
一歩距離を取る。
が向こうの方が身長が高いので楽々詰められる。
なので抗議としてせめてにらむ。
するとクスクスと笑いながらようやく頭から手を離した。
「それでなんの用なんですかぁ?」
その表情はどこか期待に満ちている。
そんな表情を向けられる理由が全く思い浮かばないのでとりあえず無視をして聞きたいことをぶつける。
「ハイアイアイ諸島って心当たりあるか?」
「あ、そっちですか」
と明確に落ち込んだ。
いよいよなぜかはわからず戸惑う。
するとヒュプノスがポツリとつぶやいた。
「貸した感想だと思ったんですけどねぇ」
「あ、読んだ、面白かったぞ」
「!! そうですか、それはよかった」
と明確にテンションが上がった。
その様子に俺もなんだかうれしくなる。
趣味がある人間と話をするのは純粋に楽しいかだ。
が、その思いをぐっと飲みこんで最初の質問に戻る。
「それでハイアイアイ諸島についてなんだが何か知らないか?」
「知ってますけど、調べてないはずがないですよね」
どこか悪戯っぽい笑みを浮かべて聞き返してくる。
その質問の答えはイエスだ。
調べたのだが――
「創作上の存在だと言われた」
「ええ、それでは納得できませんか?」
その質問に押し黙る。
ハイアイアイ諸島にはその島にだけ生きていた種の動物が居て、核実験によって島ごと絶滅した。
その動物の詳細な姿を記した学術書――を装った全くの創作の本だ。
だが俺はなぜかその説明に納得ができていないのだ。
「ああ、納得できていない」
「ふふ」
とヒュプノスが笑う。
そしてゆっくりと話始める。
「一つの仮定のお話をしましょう」
「ああ」
頷く。
そうするとヒュプノスは椅子を示した。
なので俺がそこに腰を下ろす。
ゆっくりと窓際へとヒュプノスは視線を向ける。
日は今まさに落ちてゆくところで、窓から入る光はヒュプノスの顔に影を落とした。
その顔は成熟した大人にも見えるし、今まさに眠りに落ちる子供のようにも見える。
「決して小さくはなかった島です、そこには珍しい動物が生きており、それはある種の神獣として大切にされていました」
「……」
ヒュプノスの目は時間的な遠くを眺めているようだ。
どこか親しい友人との思いで話をするように懐かしさを思わせる口調で続ける。
「ある時、外から人間がやってきました、その人間はその島のある鉱石に目を付けます、ですけどよそ者は信用されないので時間をかけて篭絡していました」
ぽつりぽつりと語る口調は大きく変化はないが、深い感情がこめられているように聞こえる。
残念ながら俺にはその感情を読み取ることはできない。
ヒュプノスはそんな俺を知ってか知らずかドンドン話を進めていく。
「そうして十分信用させた後、その島に元々いた人間を殺して、島を乗っ取りました」
「っ!?」
さらりと言ったがもし本当ならとてつもなく凄惨な出来事だ。
おそらく逃げられることなく完膚なきまでに虐殺したのだろう。
「そうして地図に新しい島が書き加えられました、しかしそうなると困るのはそこで生きる奇妙な生物です、とある理由によりその生物の資料は一部とはいえ世の中に出回っていました」
そこでゆっくりと俺の方を振り返り一つの質問を向けてくる。
どこか俺を試すような口ぶりだ。
「そうなったなら、大谷君ならどうしますか?」
「偽物である証拠を作る?」
その答えには小さな笑みだけを浮かべて、ヒュプノスは答えなかった。
しかし一つの小包を俺に渡してくる。
それは黒いテープで全面を覆われているので中が全く見えない。
そうして扉を指さして促す。
「そろそろ時間ですよぉ」
「あ、ああ」
どことなく迫力を感じたのでうなずき部屋の外に出た。
そうして少し歩いたあとで小包を開けると見えたのは――
「ハイアイアイ諸島の固有種のはく製」
ハナアルキと言われる特殊な生物のはく製は圧倒的な存在感で別の真実がある可能性を突きつけてきた。
明日も頑張ります。