第二五話
できました。
そこは夕暮れ時の保健室だった。
そしてまず思うのが――
「夢だな」
「即見破るのは少しさびしいですねぇ」
白衣姿の真倉――ヒュプノスが薄くほほえみを浮かべて立っていた。
言葉とは裏腹にむしろ楽しそうですらある。
その様子に憮然としながら聞き返す。
「で、何のようなんだ?」
「話が早いのは良い事ですが、用がないと話しかけるなってすこしひどくないですかぁ?」
そこでヒュプノスは涙をためて悲しそうな表情をする。
がそれを冷めた感情で見ながら言い返す。
「こうやって釘をさしておかないと絶対に変なタイミングで学校で話しかけてくるだろう」
「まぁばれますよねぇ」
一転して笑い始める。
その顔を見てやはりこいつは信用できないと改めて強く思う。
そんな俺の様子を見てヒュプノスは笑みを強める。
そのあとゆっくりと口を開く。
「用事というのは街の案内をしてほしいんですよ」
「……わかった」
ヒュプノスを動きを見張るという事を考えるならどこに興味を持ったかなどは大切な情報だ。
そうは思うが碌な目にあわされていないので渋々引き受ける。
そうすると明らかに表情が明るくなる。
その表情を見てつい心がぐらつく。
が、必死に要注意人物だと言い聞かせて振り払う。
「ならスマホの方に日時を送っておきますねぇ」
「わかった」
とりあえずこれで終わりかと拍子抜けすると、割と衝撃的な一言が出て来た。
「ええと、設定はどうしましょう?」
「まて、それは必要か!?」
思わず突っ込んだ。
ただ街を歩き回るだけになるはずなのに、そんな妙な設定なんていらないと感じたからだ。
するとヒュプノスは肩をすくめて言葉を返してくる。
「おやおやお忘れですか? わたし結構目立ってますよねぇ」
「ぐ」
ヒュプノスの言葉をすぐに否定できない。
俺個人はいい印象は全くないが、雑踏でも歩いていても頭一つ二つとびぬけた高身長。
そしてそれに見合ったメリハリのある体型とそれに反して人を安心させるような柔らかな造形の顔立ち。
間違いなく目立つ部類の人間だ。
俺はそれなりに友達付き合いもあるが、陽川や月宮と比べるとパッとしない部類の人間になる。
実際に確認したわけではないが、校内ではかなり人気がある大人になる。
そんな相手と何か関係があるという事で勘繰られることは十分にありうるだろう。
その俺の考えを見抜いたかのように笑みを濃くして、からかうように俺に話しかける。
「いい加減なこと言うとぼろが出ますよ」
「……分かったよ、好きにしろ」
と投げ出した。
その了承を受けて嬉しそうに話し始める。
俺はベッドに腰を下ろしてヒュプノスからの言葉を待つ。
「人と関係性を築くって本当に久しぶりなんですよねぇ」
「……そんなにか?」
本当にうれしそうな様子に思わず聞き返す。
興味を持たない方が良いとわかってはいるがそれでも聞かずにはいられなかった。
そうするとクスクスと笑いながら。
「もうずいぶん昔からあそこに押し込まれていたので」
「どれくらい前なんだ?」
ふと出たのはそんな疑問だ。
その答えから何かわかるかもしれないと期待を込めた疑問だ。
しかしヒュプノスはどこか懐かしそうな表情で首を横にゆっくり振る。
「もう忘れたくらい昔ですねぇ」
「おいおいずいぶん大雑把だな」
俺のそんな言葉にヒュプノスは頬をかきながら答える。
恥ずかしさをごまかすためにしている仕草にも見える。
「ものすごく昔なので、季節は重要だったんですけどね、お祭りの関係上」
「なるほどな、収穫祭とか夏至のお祭りとかか?」
「ええ、捧げられるものの種類とかありますし」
そう答えながらさっきのヒュプノスの言葉は重要だと感じられる。
ヒュプノスが死の世界に封じられる前に活動していた地域は夏至――つまり四季が存在するという事だ。
かなり範囲は広いが絞り込む手助けになる情報だ。
またやはり捧げられる側――つまり何らかの信仰を集めていた存在であるとわかる。
「とりあえずオーソドックスにかつて近くに住んでいたお姉さん設定はどうですかぁ?」
「そうなると陽川が絡むから難しいぞ」
「むぅ、幼馴染でしたっけ? 厄介ですねぇ、あんまり干渉すると疑われますし……」
ヒュプノスの言葉にうなずく。
面倒な存在と思われているので陽川に内心感謝する。
好き勝手な設定をねじ込まれる恐れがかなり減ったからだ。
と、とんでもないことをいきなり口走った。
「あ、じゃあ私の一目ぼれってことで」
「は!?」
割と本気で拒絶の言葉が出た。
ぜったいろくなことにならない設定だ。
この設定でやるなら面白がってろくでもないことをやらかす。
そんな確信があるので必死に頭をひねる。
「遠縁の親戚だったって話でも家族ぐるみで付き合ってる陽川には怪しまれるし……」
「まぁ、普通にSNSで友人だったってことでいいんじゃないですかぁ?」
「――とっくに思いついていたな」
強い意思を込めた視線でヒュプノスをにらむ。
にらまれた方はクスクスと笑いながらその視線を受け流す。
「言ったでしょう? こうして関係を築く、ただ話をしあう事すら久しぶりなんですよぉ」
口調も変わらないが、その言葉はどこか温かなモノが感じられた。
ため息を一つつく。
甘い人間だよなぁ。
と自嘲しながら降参するように両手を上げる。
「わかった、それでいこう、なんかマイナーな本か何かの共通のファンだったってことで」
「わかりました、何か見繕っておきますねぇ」
とどこか楽しそうにヒュプノスは笑いながら話をしていた。
明日も頑張ります。