第一八話
少し遅れました。
気が付くとそこは森だった。
うっそうと茂る木々によりほとんど光は届かず、湿った匂いが鼻をくすぐる。
「ここは……」
「このあたりの人間の原風景だな」
ベッドから飛び降りてガーガは話し始める。
地面に満ちている木の葉が乾いた音を立ててガーガを受け止める。
その落ち葉は統一感がなく季節もバラバラのようだ。
針葉樹の葉に紅葉、青いままの桜の葉もある。
「ガーガ、俺は降りて大丈夫か?」
「少し待て」
と言って地面を歩き回り、最後にベッドに飛び乗ってくる。
続いて俺の目の間に来て、ジャンプした。
ちょうど胸の前に来たので受け止めた。
肌ざわりはかなりフワフワで気持ちがいい。
「ガーガをもって行けば大丈夫だ」
「ああ、そうか浮きか」
「そうだ、今のアモリは一人ではとどまることすら不可能だからな」
ガーガは大丈夫だと言ったが恐る恐るベッドから足を下ろす。
いつの間にか靴を履いていた足は落ち葉でクッションのようになった地面を踏みしめた。
何度か足踏みをしてちゃんと立つことができていることを確認する。
「ふぅ……」
「さて、上に向かおう」
「何か階段でもあるのか?」
質問をすると腕の中のガーガは少しだけ悩んでいる様子だ。
そうしている間も周りを見渡すが木々の密度が高いため遠くまでは見通せない。
生えている気もどことなく細かい造形が甘い気がする。
ぼんやりとした森を想像したらこうなるだろう。
その割には生き物の気配がせずどこまでも静かな森だ。
「アモリ、とりあえずここを抜けるのが先決のようだ」
「わかった」
頷いてフワフワのガーガを抱きしめながら森を進む。
聞こえるのは俺が落ち葉を踏む乾いた音。
そしてわずかな呼吸音。
風の音も聞こえずどこか非現実的な状況だ。
「それにしても」
「なんだアモリ」
ガーガが答える。
その声は深く静かだ。
「どこに向かっているんだ?」
「ああ、ユミの所だ、反応が強い方向に向かっている」
やはりマスコットだからか特別なつながりがあるようだ。
自信満々に言い切るようすに安心する。
そうやってたまにガーガから進路変更を指示されつつ進むと木立が減り始める。
「そろそろか?」
「いいや違う、ここからはあまり物音を立てないように頼む」
ガーガの言葉に軽くうなずいて返答する。
歩き方もできるだけ音を立てないように気を付ける。
進むほどに妙なも音が聞こえる。
「――ぇ~」
風の音でもない不思議な震えを持っている。
まるで何かの鳴き声のように生物的な震えだ。
近づくほどにその音は大きくなる。
そしてついにはっきり聞こえた。
「めえぇ~」
羊の鳴き声だ。
その事実に軽く息をのみ足を止める。
しかしガーガ俺を見上げて、一つうなづいた。
なのでため息を一回だけついて身をかがめて前に進む。
「アレは……」
そうして見えてきたのは――
「アレは見たことがあるな」
遠くにみえるのは夢の中で見た巨大な羊だ。
大きさだけなら前に見たときよりもかなり巨大になっているようで山というより山脈のようにも見える。
その表面を白い雲が昇っていく。
山に風が当たって雲を生んでいるようだ。
「……今朝言っていた夢か」
できるだけ音を立てないように無言でうなずき肯定する。
ガーガは非常に厳しい表情をして見据えている。
「まずいのか?」
「……微妙なところだ」
曖昧な物言いに首をかしげる
巨大になっているのはまずい事のように思える。
だが一概にもそうは言えてないようだ。
なので疑問をこめてガーガを軽くゆする。
ゆすられながらガーガは話始める。
「おそらく大量の人間の夢を取り込んでかなり強化されているのは確かだろう」
「ならまずいんじゃないか?」
「いや、そうとも言えんのだ、理由はわからんが一気に大量に取り込んだからか図体ばかりがでかくなって自分の体を支えることができていない」
「どういうことだ」
「詳しくは伝えられん」
何となく過剰に成長したという意味しか伝わらなかったので抗議の意味も含めて縦に振る。
「アモリ、縦はやめるのだアモリ」
「……」
無視をしてひねりも入れる。
するとついに観念したのか口を開く。
「一言でいうなら栄養失調だ」
「は?」
あんなに大きくなっているのに栄養失調とはにわかには信じられない。
その思いに気付いたのかさらにガーガは話を続ける。
「あの表面から立ちのぼっている白い靄だが、アレは雲ではなく上にいって人の夢を探しに行っている、まるで働き蜂のようにな」
「へぇ、なら集められる気がするんだが……」
ガーガはゆっくり首を横に振る。
そう単純な話ではない、とでもいうように。
「構成材料は自分自身の体だ、そして世界のすべての人は眠っているから対象は多いだろうが――近い人間から回収するためドンドンジリ貧だ、得物を捕まえるために使うエネルギーの方が多いみたいなものだ」
「そうなのか?」
そうなると放置するだけで死んでしまいそうなものだ。
ならそれでいいと思うのだが……
「ただ放置したら、眠り続ける人が死亡する可能性が出てくる」
「選択肢はないんだな」
俺のあきらめ気味の言葉にガーガは頷いた。
なのでその場を離れ、先へ進むことにした。
「で、ここから先はどうするんだ?」
「あのデッカイ奴が出入り口をふさいでいる形だ、まずあそこの麓まで行く――」
という説明を聞きながらたまに相槌を打ちながら先へ急いだ。
「」
明日も頑張ります。