第一四話
間に合いませんでした。
脳の奥にこびりつくような眠気を晴らすために顔を洗う。
流水によって多少眠気は洗い流されるがそれでも頭の焦点が合わず散漫な思考ばかりが浮かぶ。
「く――ぁ」
あくびをかみ殺す。
寝ぼけた目で顔をあげ、手洗い場につけられた鏡で顔を確認する。
「っ!?」
アイツが居た。
鏡の端に楽しそうに笑っているのが見えた。
が、視線の焦点を合わせるとまぼろしのように消えている。
同時に絵の具が水に滲むように夢の中で会ったアイツの外見がかき消される。
「……くそ」
小声で毒づく。
何かが得体のしれない相手だ、何かができるとは思えないが姿を見せたという事は何らかの意図があるはずだ。
耳に聞こえてくるのは誰かがくすくすと笑う小声だ。
「……」
押し黙り考え込む。
眠気がひいたら消えた。
そのことからあることを思いつく。
「……」
頭の奥にある眠気をわざと意識する。
視界の焦点が狂い背後にひかれるように錯覚する。
手を引かれたような気がしてそちらに一歩、二歩と進んで――
=====
「いらっしゃい」
フワフワと笑っている奴が居る。
少し垂れ気味の目には横に細長い黒目――羊の目になっている。
なんでそんなものが見えるかというと、俺を膝枕しているからだ。
様々なことを忘れてそのまま眠ろうとして――
「ダメだろ!!」
と言いながら飛び起きて距離をとる。
相手は悲しそうな表情を作った。
それにすかさず答える。
「何とも思ってないのはわかるからやめろ」
「あらら、ばれちゃってますかぁ」
悪戯っぽく話して顔を上げたそいつの顔はむしろ楽しそうですらある。
そのことに憮然としながら、距離を取ったまま身構える。
抵抗できるとは思えないがそれでも一応だ。
「そんなに警戒しても無駄なので、お話ししましょーよ」
穏やかに笑顔を浮かべるその顔は多少気の抜けたところも含めて人を安心させるような造形をしている。
身長こそ高いが体の各部はそれなりに凹凸が見て取れる。
服装はシンプルな白いワンピースだ。
きつめのウェーブがかかった長い髪は白い。
「……」
相手の言葉にたいして警戒を解かず押し黙る。
その様子に困ったように苦笑しだす。
まるで小さな子供からかわいいわがままを言われてしまったような顔だ。
聞いてもいいし、甘えさせたいけど、少しだけ困る。
そんな人間味に溢れた表情だ。
相手は一つだけため息をついて、手を一つ叩く。
すると相手は巨大化した。
「うんうん、こーなるとかわいいですねぇ」
つまむように持ち上げられる。
が、体は服を着ておらず羊のぬいぐるみのようなフワフワした毛皮に包まれているのが見える。
そこでようやく気付いた。
「お、俺が小さくなったのか!?」
「正確にはぬいぐるみになってもらいました、うーんふわふわぁ」
とすべすべした頬でほおずりされる。
警戒するも何もなかった。
たった一動作で俺はもう命を握られてしまった。
体をぴくりとも動かせない。
「くそ」
「というわけでお話ししましょうよ~」
言い方はどこか間延びして間抜けな感じがするが実質ほぼ脅しだ。
ことわったらそこで体がズタズタにされるかもしれない。
そのことは理解している、しかしこの状況になってもそれ以上の事はやってくる様子はない。
という事は相手にとって俺と話したい理由があるということだろう。
だからこう聞き返す。
「例えば嫌だって言ったら?」
あくまで確認の体を崩さず聞き返す。
そうすると相手は満面の笑みで俺を持ち上げて、逆の手で自身のワンピースの首元に指をかけながら――
「ここに入れます、きゃー、えっちー」
「ぶっ!!」
思わず吹いた。
正直興味がないと言ったらうそになるがなんというかむっつり扱いされるのもシャクという微妙な感情が湧いてきて思わず答える。
「わかった、その妙な脅しをやめてくれ」
「はいはい、最初からそういえばいいんですよぉ」
とニコニコ笑いながら俺を元の姿に戻した。
憮然としているといつの間にか一組の椅子が向かい合うようように置かれている。
一度だけにらんで椅子に座る。
「そんなににらむと人相が悪くなりますよ」
フワフワとした笑みのまま向かいの椅子に座る。
嬉しそうに俺の方を見ながら口を開く。
「さて、ここがどこか分かりますかぁ?」
「わからない――というのはうそになるから答えるがおそらく夢の中か?」
パチパチと楽しそうに手を叩かれる。
同時にどこかからドンドンパフパフという騒々しい音も聞こえる。
それに驚いてあたりを見回すが、ずっと続く草原以外は何もない。
「ではここに呼んだ理由は?」
少し考える。
が、俺が特別な理由は思い当たらない。
あえて言うならガーガのことくらいだが――
「あ――」
「うん、手元から逃げちゃった子って気にならない?」
寸前で逃げられたから気にしていたらしい。
そうなると不思議な事がある。
「ならなんでいまこの瞬間も取り込んでないんだ?」
「言ったでしょう? また明日って」
「……」
頭に浮かんだのは、律義な奴だなという半ば感心した声だ。
すると相手は恥ずかしそうににやける。
「いやぁ、そういわれると照れますねぇ」
「!!」
頭の中身を読まれた。
隠していることもできたのになぜだ?
と思うと、今までの気の抜けた表情ではなく少しだけ引き締まった顔になり。
「大谷亜守、君とゲームをしたい」
「拒否権は?」
そこで気の抜けた笑みをまた浮かべる。
「あるとおもう~?」
「わかった」
なのでじっと相手を見据え小さくうなずいた。
(´・ω・`)