最終話
出来ました。
「ここは……」
体を起こすと学校の保健室だった。
視線を遮るためのカーテンで囲われていおり周りは何も見えない。
清潔なシーツと、少しだけ年季の入ったベッドとカーテン。
そして俺が着ている制服くらいの物だ。
周りの雰囲気はごくごく平穏なものでおかしな物音は聞こえない。
「……解決したのか?」
そう呟いたときカーテンが開かれる。
向こうにいたのはヒュプノスだ。
「目が覚めたようですねぇ」
「……どうなった?」
俺の質問に、薄く笑う。
そうしてそのままゆっくりと首を横振る。
「わたしから言うよりも適任の人が居るので少し待っていてくださいねぇ」
というと同時にもう一人現れる。
少し乱暴にカーテンを開けたのはふたばだ。
メガネときっちり着こまれた制服。
だが、野暮ったく切られていた髪はきれいに整えられている。
無造作に伸ばされていた髪は肩より上あたりまでバッサリ切られかなり活動的な印象になった。
またその視線は以前のように自信なさげにきょろきょろしておらず俺をまっすぐ見つめている。
「起きた?」
スッと通る透き通った声だ。
そして姿勢もまた以前のような猫背ではない。
「雰囲気かわったな」
思わずそんな感想が出た。
するとふたばは視線をそらし、頬を少し赤らめる。
「変?」
「いや、自信がついたっぽいし、良い事だと思う」
「そう」
と言葉は少ないがどこかうれしそうだ。
そして先ほどのヒュプノスの言葉からするとふたばが適任らしい。
「それで、ちょといいか?」
「ん 結末だね」
「ああ」
頷いてふたばを見て話を待つ。
するとふたばは一つ深呼吸をして話始めた。
「グレートマザーはしばらく起きなくなった、だから一旦解決」
「……そうか」
少し引っかかる言葉があったが、解決という言葉を信じて胸をなでおろす。
「グレートマザーとは手を切ったのか?」
「ううん、アレはきっと一生心に住み着いている、本質はトラウマだから」
「そうか、俺も積極的に手伝うよ、あそこまでかかわった人間だしな」
俺のその言葉にふたばは満足そうに一つうなずいた。
「それで元のふたばともヤヌスとも雰囲気が違うがどういうことだ?」
「それについてはわたしから説明しますねぇ」
とヒュプノスが割り込んでくる。
だから二人でそちらを見る。
するといつものようにどこか緊張感のない表情のまま話始める。
「簡単に言うと、人格の統合が起きたんですよぉ」
「人格の統合?」
ええ。
と前置きをしながらヒュプノスは話す。
「多重人格障害を患った人の治療が完結したとき、人格がなくなるのではななく統合されていきます、メイン人格でもサブ人格でもない第三の人格になるんでですよぉ」
「さっき話していた人格がふたばの第三人格だと?」
俺のその言葉にヒュプノスはうなずいた。
その後、ふたばに視線を向けると薄くはにかんだような笑みを浮かべた。
「そんなわけでよろしく、亜守くん」
手を差し伸べられたのでそれを握り返す。
その様子を見ていたヒュプノスがからかうような笑みで話しかけてくる。
「大谷君は気を付けた方が良いですよぉ、ふたばちゃん雰囲気変わりましたから」
「大丈夫だから、気にしないで」
とふたば慌てて主張してきた。
めちゃくちゃ不安だが、今はそれを飲み込んでおく。
「で、ユピテルたちはどうなった?」
「表向きは急病での入院、実態は極端に消耗したから次の機会を待つそうですよぉ」
「ヘラは?」
「学生結婚狙いで通い妻からランクアップして確保した鍵で一方的に同棲中ですねぇ、同時にこっそり作っていたユピテルの愛人たちと対峙中だそうで」
ヒュプノスはさらっととんでもないことを言った。
「とんでもないスキャンダルにならないか?」
「そういう個性なので仕方ないですよぉ」
そうか。
と疲れ気味に返事をしてベッドから降りた。
「少し出かけてくる、ここで待っててほしい」
「ん」
とふたばはうなずいた。
ヒュプノスもまたひらひらと手を振り見送ってきた。
それに背を押されるようにして部屋から出て、早速一つの電話をかけた。
=====
場所は後者の裏手、何かと思い出深い場所だ。
そして来たのは――
「どうした? アモリ?」
フワフワと浮いたファンシーなニワトリ――ガーガだ。
ガーガは少しだけ笑いながら話を続ける。
「まぁ、ガーガからも話があるからちょうどいいが」
「なら俺から一つ聞きたいことがある。」
俺自身でも驚くほど硬い声が出た。
その空気を察したのかガーガは視線をこちらに向ける。
「単刀直入に聞く、最初に陽川が闘っていた存在はガーガが仕組んだな?」
「……そうか、やはり気付くか」
と感情がこもっていない声でガーガは話す。
その後、同じ声で俺に質問してくる。
「いつ、気づいた?」
「さっきだ、俺からしたらもっと前から気付いていないとおかしかったが、な」
そうして話を続ける。
と言ってももはや確認作業のような物だが。
「それぞれの計画はかなり前から動いていただろう、でもこの街で真っ先に動いたのはあの巨大な山羊――アレスだったかな? ともかくそいつだ、でもそいつがそもそも手下にあたる奴がいるかと思うと微妙だ」
それに。
と言葉を続ける。
「あの戦いに巻き込まれた俺を異様に気にしていただろ? だから何となく」
俺の答えにガーガはため息をついた。
「ガーガもまだまだ甘かったという事か」
そしてじっと俺に視線を向ける。
「謝ることはできない、そうだ、ガーガはとてつもない才能を持つユミを引き入れるために仕組んだことだ」
「そうか」
静かな声が出た。
その声が向けられたガーガはうなだれ神妙にしている。
「陽川にそのことは話したのか?」
「ああ、ごく早い段階で勘づかれた」
「ならいい」
とガーガは拍子抜けしたような表情を向けた。
「あの時ガーガがくれた物がキーになっていたし、一番迷惑を受けた陽川との話が終わっているんだからいい」
「ありがとう」
ガーガは深く頭を下げる。
そこで辺りは夜に近付いてきているのがはっきりわかる。
「いつ帰るんだ?」
「話すべきことは終わった、これからにでも帰る、セレネは早々に帰った」
「なら見送るよ」
その言葉にガーガは少しだけ笑う。
「振り回してしまったな」
「いや、色々あったが刺激的な時間だったよ」
そんな話をするうちにガーガの体に光の粒子が浮かぶ。
「じゃ、さよならだアモリ」
「ああ、さよならガーガ」
別れの言葉を交わした後。
風に溶けるようにしてガーガは消えた。
「ふぅ」
しばらくそのまま周りの音に耳を傾けて、その後踵を返す。
スマホからSNSのアプリを起動し、ふたばに連絡を入れる。
他愛のない会話を行いながら待たせている部屋に足を向ける。
短く大きな事に首を突っ込んだが、結局世界はほんの少ししか変わらなかった。
結局、陽川と月宮をくっつけることはできなかった。
だが人と人とのかかわり合いが変わるのは地道な積み重ねしかないだろう。
二人の仲をとりもつ算段をふたばと相談しながら進めるのも良いだろう。
そしてほとんど何も知れなかったリオンもいる。
連絡先は交換しているので、知り合うのもまだまだこれからだ。
「ふたば、今行くから」
「うん、待ってる」
世界に大きな変化は起きず、しかし俺たちの周りでは少しだけ新しい事が起きた。
その事実を踏みしめるようにして、俺はふたばの元に駆けていった。
最後が駆け足でしたが、無事完結いたしました。
それでは読んでいただきありがとうございました。