第一二三話
出来ました。
「二人ともって」
手を握った二人から困惑するような空気が伝わる。
だが、これしかないのだ。
「そもそもここから進める方向は一本だけじゃないだろう」
「え? でも」
とエキドナが首を傾げたとき、ガイアが思い出したように話す。
「……あるにはあるけど、まさか――」
「そう、あっちだよ」
と言って示すのは山のように巨大なグレートマザーだ。
相手の本拠地に乗り込むようなものなので正気ではない。
そしてこれにかけるしかない。
「歩きながら話そうか」
おそらくこれは物理的な距離ではなく心理的な距離だ。
そうして遠くのグレートマザーを目指して三人――いや、二人で歩く。
「二人から離れてずっと考えていた。」
「な にを?」
いまだに少しずつ考えをまとめながら話す。
「あそこ――グレーマザーに一人取り込まれているだろ?」
無言が返ってくる。
だがそれが答えだ。
「でも一人全部じゃない」
「どうしてそう思うんだ?」
その言葉に一つだけうなずいて返事をする。
「丸ごと一人取り込まれているならなす術なんてなかった」
話すうちにグレートマザーが大きくなる。
真相に近付いている実感が生まれる。
「少しだけ考えたんだが、同じ力を持つ同士が綱引きしたらどうなる?」
「ずっと動かない」
ああ。
とうなずいて次の条件を出す。
「なら片方がほんの少しだけ手心を加えるなら?」
沈黙が来る。
そうふたばとヤヌスはどちらも親への愛にトラウマを抱えていた。
俺が着た時点でまだ残り片方が取り込まれていないというのは片方が頑張っていただけというのはどうにも不自然だ。
「つまり俺が手にしたこの分が手心だ」
「だとしたら?」
その声はもうどちらが話しているのかもわからない。
「俺一人でもその気になればグレートマザーからひっぱtりだせる」
「もう消えているかもしれない」
「なら確かめないとな」
発言した方を見ることなく足を進める。
近づくたびに泥の量は増えて一歩一歩が一苦労だ。
「ここで疑問になるのが、ふたばとヤヌスどちらかがグレートマザーの元に行ったかだ」
考えを口にしながら進む。
これで少しでも距離が縮まるならやらない手はない。
そしてそれはもう見当がついている。
「ヤヌスだ」
いつの間にかグレートマザーの足元にまで来ていた。
俺自身が半信半疑だったがどうやら目論見通りだったらしい。
仮面をかぶった二人が話す。
「どうしてそう思う?」
「渡されたときは俺はヤヌスをかばった、そしてヤヌスがふたばのかけらを勝手に渡すかと言われたらそれは違うと思うからだ」
根拠なんてそんなものだ。
口調も行動もかなり乱暴だが、不思議とそんな勝手なことはやらないだろうという確信がだんだんと芽生えて来たからだ。
「ここまで来たがどうするんだ?」
「それはもちろん、呼ぶんだよ」
と言ってエキドナとガイアに視線を向ける。
「俺が思うにどちらかがふたばで、そしてこれがあるから空っぽの方がヤヌスとしてふるまっているだろう?」
「さあ?」
ヤヌスの心のかけらを示しながら話す。
俺の質問には首をひねってはぐらかしている。
だが、もうどちらがヤヌスなのかは分かっている。
「無限の愛を持つ母親に産み直してほしい、そんな望みはきっと誰も持っている」
だけど俺は首を横振ってヤヌスに向かって手を伸ばす。
「これを誰かに渡したいって思える程度には疑問があったんだろ」
掴んだのは、エキドナだ。
「 え?」
エキドナは完全に固まっている。
するとガイアが楽し気な口調で話しかけてくる。
「おいおおい、なんでそっちを選んだ?」
「ふたば、あんまり似合ってないぞ、それに空気が少し違う」
とあきれ気味に話して、考えた理由を並べる。
「エキドナは閉じ込められていた場所にいて、ガイアは通学路だ」
なら。
と前置きをして話す。
「虐待を受けた記憶があるのはエキドナだ、対してふたばはこっちに来る手前に生まれた人格だ」
エキドナの手をつかんだまま放さず、じっと様子を見る。
その振る舞いは少しだけ恥ずかしそうだ。
「で、閉じ込められていたのを助けたことがある」
ガイアは首をひねり。
エキドナは顔をそらす。
「そう、ヤヌスは覚えていた、だから知っているエキドナがヤヌスなんだよ」
仮面が割れて落ちる。
そこには恥ずかしそうに顔をそらしている少女――ヤヌスがいる。
かけらを近づけると温かな明滅をする。
「仮面が外れたからか」
「そう、みたいだ」
観念したようにガイアも仮面を外す。
そこには気まずそうな表情をした少女――ふたばがいる。
「に か った?」
「ヤヌスの話し方はマネするのはやめた方が良い」
そこでいったん言葉を切って。
「外に出てからならいくらでもつき合うさ」
俺の言葉にふたばはうなずいた。
「で、だ、ここまで大見えを切ったけど、どうすればグレートマザーからヤヌスの大部分を引き出せる?」
するとヤヌスは肩をすくめ、やれやれとでもい言いたげに呆れた顔をする。
「人のわずかな感傷を台無しにしたのに完全にノープランというのは――」
ニヤリと笑みを浮かべた。
「なかなか面白いじゃあないか」
そこで一つうなずいて。
ふたばに視線を向ける。
「ふたばはもう満足したかい?」
「ん」
ふたばは首を横に振る。
その様子に苦笑しながら、俺からかけらを手に取りゆっくりとふたばに近付く。
「わがままだねぇ、じゃ、アレに行く?」
アレ。
とわざとぞんざいな言い方をしてグレートマザーを指さす。
その質問にふたば少しだけ考えて――
「いや」
とはっきりと拒絶した。
その様子にヤヌスは嬉しそうにうなずきながら手を取る。
「きっとアレは残ったままだ、でも――」
「ん、 いつか きっと」
といつの間にか一人になっている。
それはどちらとも取れない不思議な感じがする。
そして新しい一人はグレートマザーに手を付けて。
「また くる いつか とおく」
そう呟いてグレートマザーから何かを受け取る。
すると唐突に周りの景色が歪み始める。
意識が途切れるその一瞬前。
「これから よろしく」
と誰かが手を振っていた。
明日も頑張ります。