第一二〇話
出来ました。
そこは白く清潔な病室だ。
ベッドの上には一人の女性と、その腕の中には赤ん坊が抱かれている。
「ここが始まり、ガイア=エキドナの、いやこういった方が良いかもしれないな」
ガイアは一度言葉を言いなおす。
「グレートマザーの野望のな」
「グレートマザー?」
唐突に出て来た名前について尋ねる。
するとエキドナが続きを話す。
「 ガイア=エキドナ の メイ ン」
ガイアが少しだけ肩をすくめて話す。
「簡単にいうと、私たちは苗床だから種にあたる存在になる」
と言いながら視線をベッドの女性に向けると――
「は!?」
格好こそゆったりとしたパジャマのような格好をしているが頭部がおかしい。
絵の具がにじんだように顔の輪郭がぼやけ、顔にかぶっているガイア=エキドナの白と黒の仮面がくっきりと見える。
「まさか――」
「は い」
エキドナがおずおずとうなずく。
合わせてガイアも話す。
「木下 弥生、旧姓だと本地 弥生がガイア=エキドナの召喚の主犯になる」
「……マジか」
確かに全く関係のない第三者が仕組むよりも、親という立場の人間の方が仕組む方が楽だろう。
だがそうなると――
「愛していたのか?」
その問いにはガイアもエキドナも居心地が悪いのか無言だ。
続いて同じように輪郭がぼやけている男性が現れる。
その顔は灰をかき集めたような質感だ。
そして顔の構成も流動しておりいまいちはっきりしない。
「なんだあの顔」
思わずつぶやいたその言葉にガイアが話す。
「もう忘れてしまったくらい古い話だからな、弥生の記憶だとそこはもうどうでもいいってことだろ」
「母親の記憶も混ざっていると?」
ガイアが自嘲気味に話す。
「気づいてるだろうけど全員仮面をつけている」
「ああ、それがどうかしたのか?」
単純な疑問としてガイアに聞き返す。
するとエキドナがおずおずと話す。
「 仮面は かくす もの」
「まぁそういう事、表情も素性も隠して、本心ですら隠せるものだからな」
「本心では何を思っていたかはわからないってことか?」
その言葉を聞いて見た目とは裏腹の寒々しさに背筋に寒気が走る。
「ともかく弥生が子供を産んだ時、そこからグレートマザーの陰謀が始まる」
「ごかい しないでほし い」
とエキドナが話す。
「これ よりまえ いいふうふだ た」
「そう、子供が生まれたとき、グレートマザーが目覚めた」
そんな言い訳のような言葉の後に唐突に景色が切り替わる。
そこは外見上はごく普通の家庭だ。
キッチンで調理を行っている女性と、膝の上に娘を乗せて相手をしている男性。
軽く抱くような格好で、たまに頭をなでている。
よくある幸せな家庭のように見える。
異様なのは大人二人が仮面をつけていて、子供の顔が黒い線でめちゃくちゃに塗りつぶされていることだ。
その光景だけですでにちょっとしたホラーだ。
「で、今は見た目通りの仮面夫婦って奴だ」
「大体何歳くらいの頃だ?」
「さあね」
とぼけるガイアの後にエキドナがポツリと漏らす。
「小学生 のころ かな」
感情がこもらず、言葉がこぼれるような話し方だ。
「変に さわってくるの このころくらいだった」
その言葉通り、父親の手つきは撫でるというよりまさぐるが近い物に変化している。
頭から頬へ、そして首から肩と少しずつ移動している。
それを見て先ほど感じた物とは違う、明確な嫌悪感が浮かんでくる。
「……ひどいな」
「ん」
とエキドナはうなずいた。
仮面でかくされた表情は見えないが涙をこらえているように見える。
「ここから先はある程度知っているだろうけど、虐待が始まったんだよね」
ガイアは淡々と話し、それと同時に外から鍵が掛けられた例の扉の前に移る。
「中は見ない方が良いし、見てほしくない、でも――」
と言いながらどこかを指さす。
そこには弥生らしき人物がいる。
中で何が行われているかは分かっているはずなのにむしろ満足げにうなずいてるように見える。
「過度のストレス――親からの虐待によって多重人格が発生する可能性があがる、だからグレートマザーにとって家庭の崩壊は問題なかったってわけだ」
ガイアは吐き捨てるように話した。
そこでふと疑問に思う。
「そういえばグレートマザーと名乗っているのに、むしろ子供をないがしろにしているように見えるんだが」
その名の通り、母親なら子供を犠牲にするようなことができないように思えるからだ。
するとガイアとエキドナが黙る。
なにかまずいことを聞いてしまったのかと思い慌てて話す。
「なにかまずいことを聞いたのか?」
俺のその言葉にむしろ安心したような調子で話す。
「そうか、君は親とは良好な関係を持っているんだね」
「あ、いや、そんなつもりじゃ」
慌てて否定する。
考えてみればふたばの家庭を揶揄した言葉だった。
だが、それに対して二人はゆっくりと話し出す。
「ううん ちが う」
「親というものの精神学的な位置づけって色々あるけど、ある見方をすると支配する存在と一番身近な男女になる」
そしてガイアはさらに言葉を続ける。
「そしてグレートマザーが示すものは子供を管理下に置き続けようとする抑圧的な母親になるんだよ」
同時に弥生の体はほどけ巨大な闇になった。
「さぁ、先に行こうか」
ガイアのその言葉に押されるようにして闇に足を踏みいれた。
明日も頑張ります。