第一一六話
出来ました。
「作戦もくそもない!!」
ガーガが叫ぶ。
「とにかくあのガイア=エキドナにたどり着く、それしかない」
「ソルの攻撃でも無理なの?」
セレネが問いかける。
それに陽川自身が否定する。
「進むうちに怪物たちが体で防いで減衰させるから満足なダメージは与えられない」
その言葉を聞いてまずヘラが動いた。
すると地響きと共に地面にひびが入る。
そして現れたのはおなじみの蟹だ。
しかしかなり大きくなっているようでこの人数が乗ってもかなり余裕がある。
「何もない空間を進むのは危険だからこの蟹を足場にしましょう」
蟹はまっすぐ何もない場所を進む。
目立つのはやはりテュポンだが、取り巻きの羽の生えた馬たちも厄介だ。
「まずどうする!?」
ものすごいスピードで迫っているはずだが不思議と風圧は感じない。
おそらくなにもない空間を進んでいるせいだ。
するとまず立ち上がったのはヒュプノスだ。
「おそらくガイア=エキドナ本人を除けば最大最強がテュポンでしょう、アレ私が何とかしますから取り巻きを誰かお願いできますかぁ」
ととんでもないことを言い出した。
一人で何とかする。
なんてのはどう見ても無謀だ。
だがその口調は異論ははさませないという強さがある。
「なら」
と言葉少なにリオンが前に出た。
するとセレネがリオンの肩にのる。
「ここまで来たらセレネも協力するよ」
そして覚悟を決めた表情でリオンにある言葉を伝える。
「今回ばかりは叫ぼう」
「ん」
とうなずいて三人は蟹から飛び出して加速した。
「戻ってこれるか?」
その言葉にヘラはゆっくりと首を振って否定する。
「無理ね、明かりもついていない船を嵐の夜に探すようなものよ」
「……そのことは、三人は知っているのか?」
「ええ、当たり前のように」
だから三人を後姿を見送る。
まず動いたのはリオンとセレネだ。
ヒュプノスよりさらに先行し。
まばゆい光を放つ。
その光が収まったあとに現れたのは巨大なライオンだ。
ダイヤモンドのように輝く目と金色の鬣を持っている。
ライオンは一瞬立ち止まり息を吸い。
「グルルァアァァっ!!」
音も通らないはずの何もない空間を隔ててさえ耳をふさぎたくなる大音量の咆哮が聞こえる。
その咆哮を聞いて一番大きな反応をしたのは空を飛ぶ馬たちだ。
よく見えないが半狂乱になって逃げだそうとしている。
そのせいで大きな混乱が発生したようだ。
逃げようとした馬と、それでも突っ込んでくる馬で衝突し一斉になだれ込むことができなくなっている。
その馬の群れにライオンが突撃し、毛皮や鬣自体が武器になっているようで血煙が上がり続ける。
そこで混乱が最高潮になったのか散り散りに逃げ始めた。
「――」
ヒュプノスがこちらを見た気がする。
その後、まっすぐテュポンに向かってゆき――
「あ」
首の一つに食べられた。
が、そこで白いもやのような物が上がる。
それは見る見るうちにあたりを覆いつくした。
そしてとてつもない眠気を感じ、抵抗する暇もなく意識が闇に落ちた。
=====
「昨日ぶりですねぇ、大谷君」
見慣れたどこまでも続く草原のなか、ヒュプノスと向かい合うようにして立っている。
「どうなっている?」
「最後の一瞬を引き延ばしているようなものですねぇ」
そして空にはさっきまで見ていたテュポンが浮いている。
そのすべての頭は目を伏せ眠っている様子だ。
「こうやって私はテュポンを眠らせていますねぇ」
「……かえってこれないのか?」
俺の言葉にヒュプノスは困ったような笑みを浮かべる。
それが答えだ。
おれは敵だった存在で、たくさん助けてくれた相手へ向けるべき感情がわからずただ無言で頭を下げた。
「……なるほどぉ」
とどこか楽しそうな口調で一言漏らす。
そして俺を抱きしめた。
「短い、一瞬きほどの短い間でしたが楽しかったですよぉ」
そして、俺の額に柔らかな感触を得る。
「少しだけ力を貸します、うまく使ってくださいねぇ」
といつものように気の抜けた口調で話す。
が、つながりと言えるものがどんどんほどけていくのがわかる。
ふと気が付けば回りがかすんだように見えなくなってくる。
「ヒュプノス!! 使い方は!?」
「わかるはずです、だからこれで――」
=====
「アモリ!?」
と、そんな緊迫感のある声と共に腹部に衝撃が入る。
「ぐえ!!」
そんな声を上げてガーガが聞いてくる。
「無事か!? アモリ!!」
「どれくらい寝ていた?」
「数秒も寝ていない」
その返答にホッとする。
だからガーガにさらに質問する。
「何が起きたんだ?」
「こっちが聞きたいくらいだが、ネム――ヒュプノスを名乗った者がテュポンに食われたあと唐突にアモリが寝たのだ」
という事はあのもやは俺しか見ていなかった可能性がある。
「すまん、ちょっとヒュプノスに呼ばれただけだ、テュポンは眠らせておくそうだ」
「そうか、だから」
と言ってガーガは視線をどこかに向ける。
その視線の先には首が力なく揺れているテュポンが見える。
どこか寂しい空気が流れ始めた時だ。
「感傷はあとにしましょう」
とヘラが仕切る。
それにその場にいた人間はうなずいて、ガイア=エキドナの方を見据えて第二陣を迎え撃つことにした。
明日も頑張ります。